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骨格そのものにある種普遍的な美が宿るのがJ.S. Bachの作品である。ただ存在するだけで価値がある。したがって、演奏者による解釈といったものが全くなかったとしても、音楽には何故か、魂が宿り、聴かせてしまうのである。チェンバロとかエレキギターといった楽器の隔たりもなく、単に譜面通り音を運ぶだけで、立派な音楽になってしまう。
今回、新興レーベルであるMusica CBNからリリースされた≪Goldberg Variationen Var. 1≫、これも同じことなのだ。何故、Ariaがないのか、変奏曲集のはずが1曲だけなのか、といった疑問は感じるが、Bachが愛したこのたった1曲だけのリリースというのは面白い。聴いてみればその牧歌的な響きはまさに、Bachの音楽である。最低D音は73Hz付近だが、実はこの音の野太さは魅力的で、ぜひ、適切なオーディオ装置で少々音量を上げて聴いていただきたい。
さて、今回使われている楽器だが、これが結構な代物である。ヴァイオリン製作の系譜と言えばクレモナの3巨匠、すなわちアマーティ、ストラディバリ、グァルネリをまず思い出すが、少し北に位置するミラノのアンブロシオ(Ambrosio)も忘れてはならない。しかも、今作品ではAmborisoの中でも評価の高い「現代の古典」 NEMESISにスイス製の弦DT-SWISSを渡して演奏しているのだ。聴き逃すわけにはいかない。
(文:Jazz批評家 守衛的おじさん)
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冗談はさておき・・・
J.S.Bachの『ゴルトベルク変奏曲集』、その中の『第一変奏』です。平均律ではなく純正律のト調長で奏でられる、化粧っ気ゼロの何とも牧歌的な音色をお聴き下さい。
昭和の時代、冬の陽が差し込む木造の小学校の教室で、小柄な中年女性教師がにこやかな表情を浮かべながら足踏みオルガンを弾いているような、懐かしい響きになりました。実はこの音、
『ホイールに張られたスポークをヴァイオリンの弓で擦って発音させた』
ものが基になっています。元々の音源は、こちらです。
スポークのDT-SWISSとチューブラリムのAmbrosioに感謝!!
素晴らしい音色です。この音源をリサンプリングして、まず音階を作り、次に、楽譜上の各音を一個ずつ作製し、フリーソフトのオーディオ・エディタ上で単純につなぎ合わせて出来上がったのが上の『第一変奏曲』です。サンプラーとかMIDIとか、音符を並べて一丁上がり的な便利至極の音楽系ソフトとかとか、そういった機材は使っていません。少々手間はかかりますが、楽譜に記された音を一つ一つ作成して、並べています。文字通り、『並べて』います。言い間違いではありませんヨ(笑)。
折角ですのでこのレビューでは、『ゴルトベルク変奏曲集』の『第一変奏』を作成する過程を示します。
■■■ 選曲 ■■■
偶々、隅々までよく知っている曲だったので選んでいます。昔買った楽譜(Peters版)が手元にあったので、これを使いました。なお、ゴルトベルク変奏曲集は2つのアリアと30の変奏曲で構成されますが、2声(2つの音ライン)で構成され、装飾音が一切使われないシンプルさが、『第一変奏』を選んだ理由です。冒頭の2小節を示します。
赤字で書き込みがしてありますが、本人すら解読できません(笑)。おなじくJ.S.Bachの『2声のインヴェンション』も2ラインで推移する曲集で、やりやすいと思います。
■■■ 音階 ■■■
バッハ時代にすでに確立されていた無理数数列である平均律ではなく、音程(2つの音の周波数の比率)が正数比で表される純正律音階を採用しています(ト長調)。完璧なハーモナイズをご確認ください。(とか書いている自分がいまいち平均律と純正律の違いが聴き取れなかったりするのが悲しい)
それにしても平均律といい純正律といい、不思議な存在です。なぜ、こういう数列が存在して、心地よく響くのか。なぜ純正律に極めて近い等比数列として平均律が存在するのか。いったい、だれの仕業なのでしょうか。広大無辺の宇宙に元々備わった、誰の意図にもよらない特性なのでしょうか。
■■■ 機材 ■■■
リム :Amborisio NEMESIS 32H
スポーク :DT-SWISS Champion 1.8mm 299mm
タイヤ :Vittoria CORSA EVO CX
ハブ :SHIMANO ULTEGRA HB 6700 32H
弓 :ヴァイオリン弓(安物らしいが素性は不明)
水 :弓の馬毛に塗る滑り止めとして(松やにの代わり)
PCMレコーダ: OLYMPUS LS 10
オーディオエディタ : SoundEngineFree (フリーソフト)
リサンプリングとWAVファイル作成 : Scilab (科学技術計算用フリーソフト)
■■■ オリジナル音源の取得 ■■■
まず、プワーンと弓弾きで音を出してこれを録音します。
オリンパスの古いPCMレコーダでステレオ録音しています。
サンプリングは48kHz、AD変換ビット数は24bit(PCMレコーダの最大1Vレンジの入力に対して24bitの深さまでまともに表現できるAD変換器なんて存在しませんが)です。
■■■ 音階の作成 ■■■
録音したひとつの音をリサンプリングして、別の周波数にします。今どきのシンセやちょっと気の利いたソフトを使えば、ピッチのみ変えて音の長さは変えない、などというのは朝飯前でしょうが、何分、我が家にある楽器はアルトリコーダーだけなので(笑)。また、簡単にピッチを変更して音の長さを変えずに別の音高を作ることができる音声編集フリーソフトもたくさんありますが、私の知るフリーソフトは、今一つ納得できる結果が得られなかったので、1音ずつ、自前で作成することにしました。マジメに(というか原始的に)、本来の波形をそのまま生かしたやり方でピッチを変更します。便利なソフトはいくらでもあるでしょうが、そういうのをあえて使わない、というのもいろいろ発見があって楽しいものです。制約があればあるほど、挑戦し甲斐があるというものです。(完全に脱線)
で、私の単純なやり方。倍音のレベル補正が全く行われていないところがまず、問題です。つまり高い音を作る場合には、高次の倍音を弱めにし、低い音を作る場合には高次倍音を多少、強めにするなどといった操作すら行っていません。なお、こういった操作はフリーソフト”scilab”で簡単なプログラムを作れば色々と試すことができます。
まあしかし、結果的には柔らかくて野太い低音ラインと、元気のよい高音ラインという風合いになり、満足できる出来栄えになりました。
■ 音階の作成手順 1 ■
科学技術計算用フリーソフトのscilabを使って、PCMレコーダで録音したデータ(WAVファイル)を読み込みます。
■ 音階の作成手順 2 ■
次に、読み込んだデータのうち、時間データをscilab上で書き換えます。元々、録音した際の時間は、サンプリング周波数が48000Hzだったのですが、これを例えば96000Hzに変更して時間軸を半分の長さにしてしまえば、音高を1オクターヴ(周波数で2倍)だけ上げることができます。ただし、音の長さは半分になります。
■ 音階の作成手順 3 ■
scilabで再びWAVファイルを作成し、フリーのオーディオ・エディタ “SoundEngineFree”で読み込むと、1オクターヴだけ高い音が再生されます。
■ 音階の作成手順 4 ■
SoudEngineFree上で、サンプリング周波数を再び48000Hzにリサンプリングして、1オクターヴ高い音が出来上がりです。この作業を半音階ずつ次々と作成していき、曲に出てくる音高をすべて網羅します。この作業は、実は至って簡単。
■ 譜面上の音の作成 ■
次に、楽譜に出てくる音を、その長さに合わせて順番に作成しますが、これは少々面倒。音符に合わせてフェードインとフェードアウトを与えます。また、16分音符の長さを0.25秒、譜面指示よりかなり緩いテンポにしています。
以上はおおよその手順です。少々面倒ですが、手作り感満載。
余談ですが、ごくありふれたPCと科学技術計算用フリーソフトscilabの組み合わせは、私の学生時代の大型コンピュータをはるかに超えるパワーを持っています。いい時代になったものです(というか、へたすりゃ人間どんどんアホになるかも)。こういう格安環境があるだけで、最後に紹介したリンク先の研究も、その気さえあれば自前で出来てしまうのです。如何ですか!?(脱線)
で、つくった音は全部でこれだけ。短い曲ですが、音符の種類が結構多くて、それなりに面倒な作業となりました。
バカですねぇ~
音の長さによって、元の音から切り出す場所が同じではない(その都度切り出している)ので、音の強度揺らぎもそれなりに混入しており、出来上がった音楽はオートマチックな風合い陥らずに済んでいます。
■■■ 第一変奏の作成 ■■■
さて、作成した音符を’SoundEngineFree’上に『並べて』いきます。先ほども触れましたが、第一変奏は2ラインで出来上がっています。したがって、同時に鳴る音の数が最大で2つ(のはずですが3つ聴こえるような気がする部分もあるのは気のせい)です。それぞれの音符はすべてL,Rの2chで作っていますので、上のラインと下のラインをそれぞれ別々に2chで作成します。
最初の1小節の波形はこんな感じ。上の2段が楽譜の上のラインのLchと Rch、下の2段が楽譜の下のラインのLchと Rchです。
2つのラインが出来上がったら2chで足し合わせますが、上のラインは
R chをプラス2dB
L chをマイナス2dB
下のラインは
R chをマイナス2dB
L chをプラス2dB
のゲイン調整を行ってから足し合わせることで、それらしいステレオ感を与えています。ちなみに上の図はゲイン調整後で足し合わせる前の様子です。なお、ホール残響や遅延の付加など、雰囲気系ディジタル信号処理は一切行っていません。なお、やるならscilabでディジタルフィルタを自前構築して、どこにもない効果を創生するのも一興です。
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というわけで、出来上がったというわけですが、如何でしょうかねぇ??
えらく牧歌的な仕上がりになりました。眠気を誘います。Goldbergたる所以か。ただ単に楽譜指示通りに忠実に音符を並べるだけで、ちゃんと音楽になってしまう。こんな呑気な風合いのGoldbergでも、何度聴いても飽きない。バッハは偉大だなあ、というか、恐ろしい位の存在だなあ、とつくづく感じます。
昔は鍵盤楽器でこの曲を弾けたのですが、もう20年ほど弾いていないので、練習しないと無理でしょうねぇ。老後のたのしみにとっておきます。
■■■ まとめ ■■■
①スポークをヴァイオリン弓で発音させた音を元手に、真っ当な音楽を構築することが可能である
②一つの音からフリーソフトを使って音楽を構築する極めて原始的な手法を紹介した
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★
年 式→2015
さあ、あなたもsoundcloudからオリジナル音源をダウンロードして、音楽を作ってみよう!!?
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※一つの音から、他の高さの音を作成する手法は、いわゆるボコーダなどと呼ばれる分野のデジタル信号処理技術です。この領域はなかなか面白そうです。興味のある方はこちらをどうぞ。
http://www.wakayama-u.ac.jp/~kawahara/STRAIGHTadv/index_j.html研究領域の雰囲気を捉えるならこちら
http://winnie.kuis.kyoto-u.ac.jp/members/yoshii/papers/ipsj-2009-abe.pdf※ヴァイオリン弓でのスポーク発音に関する考究レビューはこちら
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=13413&forum=82&post_id=23306#forumpost23306