馬鹿野郎!!
何が「この仕事は自分には向いていないかも」だ!
どんな困難にぶち当たったのかは知らないが、向いているか向いていないかなんてそう簡単にわかるか!
その状態から少なくとも3年は粘ってみろ!きっと考え方が変わるから!!
「自分探しの旅」とか「本当の自分」とか耳ざわりのいいことばかり言うやつらがはびこるこんな世の中じゃ俺が何を言っているのか理解されないだろうから、どうやら俺の過去の傷心旅行のことを語るときがきたようだな・・・
あれは、俺がやんごとなき事情で福岡を追われることになったある夏の終わりの出来事だった。
居場所を失った俺は故郷の長崎に帰り、幼いころを思い出すように懐かしい街並みを自転車で巡ることにしたのだった。
12:20頃、浦上駅に到着。輪行は最後尾の座席をとることができ快適だったが、夏のライドを意識したこの格好ではちょっと寒かった。
輪行慣れしている人には常識であろうが、エアコンの利いた環境にも対応できる服装は必要だと感じた。
浦上駅前のパン屋さん。ここで腹ごしらえと補給食を購入。
まずは長崎歴史文化博物館を目指す。
長崎の街は自転車で走りやすいとは言い難い。
どこへ行くにもアップダウンの連続であり、都心部では狭い道の割に交通量が多く、信号ではよく足止めを食う。
そのせいか、車道を走る自転車を見かけることはほとんどなかった。
そのせいか、道行く子どもには自転車が珍しいらしく、道すがら、よく声をかけられた。
子ども「がんばってください!」
俺「おう、ありがとう。お前もな!」
子ども「タイヤ細いですね!」
子ども「何キロ出るんですか?」
・・・矢継ぎ早な質問に対応が追い付かない。
なんて答えたか正確には覚えていないが、「剛性が」「軽量化を」「空気抵抗が」などマニアックな説明は避け、やさしく説明した・・・たぶん。
長崎歴史文化博物館では、ときの竜馬人気に乗って、竜馬や明治維新を中心に展示を行っていた。
長崎歴史文化博物館をひとしきり観察した後は、如己堂、浦上天主堂、平和公園、とめぐる。
平和公園には、修学旅行で訪れた子どもたちであろうか、千羽鶴が所狭しと供えてある。
平和への思いをかみしめた後は、平和公園前の和泉屋で昼食。あのカステラで有名な店だ。
おばちゃん「あらーつよしくん、ひさしぶりねぇ!元気にしてた?」
俺「フハハハハ!!おう!俺はいつも元気だぜ!」
本当はそんな気分ではなかったのだが、俺を実の息子のようにかわいがってくれるおばちゃんに心配はかけたくない。
おばちゃんの作るちゃんぽんで少し元気が出たところで、母校を訪れ、恩師のしんいちろう先生に会うことにした。
ヌオォォォーーー!!
しんいちろう先生は昔と変わらず野球部の顧問をしており、俺が訪ねて行った時も部員とともにウェートトレーニングの真っ最中だった。
先生「ガハハハハ!つよし、よく来たなぁ!まぁこれでも挙げてみろ!」
しんいちろう先生が指さした先には、ベンチプレス用に60kgにセットされたバーベルがあった。
でやあああ
俺の腑抜けた声がトレーニングルームにただよう。
しかしその時、握りが甘かったのかバーベルが傾きラックから外れてしまったのである。
そのバーベルはすぐ横にいたしんいちろう先生を直撃する。
あぶない!
誰もがその悲惨な光景から目をそむけた。
しかし次の瞬間、信じられない事が起こった。
デヤァァァーーー!!
しんいちろう先生の大胸筋が気合一閃、瞬時にパンプアップし、バーベルをピンポン玉か何かのように軽々と跳ね返したのだ。
近づいてくるしんいちろう先生を見て、俺は思った。
殺される・・・
こんな電柱のような太い腕で殴られたら、おそらく俺の体は高々と空を舞い、
5mほど先の壁にブチあたって意識を失うだろう・・・
だが、しんいちろう先生は俺に向かってこう言った。
先生「お前が何か夢破れてここに帰ってきたのはわかる。
しかし男というのはなあ、単に熱い心と強い体があるだけでは駄目だ。
燃えるような熱い心を持ちつつも、その一方で常に自分を冷静に分析する頭脳を持っていなければならない。
打ちひしがれた時にこそ、己の歩んできた道を顧みることが肝要なんだ。
なぁつよし。俺たちは野獣ではない。優れた頭脳と高潔な理性を持つ人間だ。
体力とともに知力を振り絞って、立ちはだかる障壁を打ち破っていくことこそが真の男なんじゃないか。」
俺は愕然とした。
今まで、心さえ折れなければ、どんな困難でも乗り越えられると思っていた。
確かにそれは重要ではあるのだが、猪突猛進するばかりで過去を振り返らない俺には、もはやその走っている道が正しい道なのかわからなくなってしまっていたのだ。
正しい道を走っていない者が、人生という壮大なレースを完走できるはずはない・・・
しんいちろう先生は俺に座右の銘を語ってくれた。
臆病な者は多くのことを考え過ぎて実行に移すことをためらう
蛮勇をふるう者は間違ったことを多く行う
優れた人は時間がかかっても何度やり直しても正しい道をゆく
この言葉はその日から俺の座右の銘になり、その日の宿「矢太樓」の風呂の中で部屋の中で何度も呟いた。
そしてもう一度、何が悪かったのかを自らに問いなおし、福岡に戻って一からやり直そうと心に決めたのだった。
価格評価→★☆☆☆☆(わざわざ走りに行くところではない)
評 価→★★☆☆☆(自転車では走りにくい)