購入価格 ¥見せられるのは無料だが・・・
ここ最近、"Class of 11"という文字が踊るカンパニョーロ社の広告をサイクル雑誌でよく見かける。たとえばサイクルスポーツ2011年4月号の9・10ページの見開き。
左から四人のサイクリストの顔が並ぶ。名前から察するに、左端の「ジャンニ」はイタリア人またはイタリア語圏の人物、左から二番目の「カズ」は恐らく日本人だろう。三番目の女性「カリン」は、順当に考えればドイツまたは北欧のゲルマン系女性だろうか。四番目の「アンドリュー」は英国人だろうか。
世界各国の熱狂的なサイクリストに支持されるカンパニョーロ社の11速コンポーネント、というイメージの訴求を意図した広告であると思われる。
ところで、この四人の写真の下にはそれぞれ、短い文章がある。それを読んでみよう。
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ジャンニ
875のロード。最後のは70歳の誕生日だった。
カズ
彼は自分に感謝する。今年は5,000マイル走った。何度パーツを交換しただろうか。
カリン
モン・ヴァントゥーで、彼女は大切なレースに勝った。 自分自身とのレースに。
アンドリュー
今日彼はラルプ・デュエズを登った。34秒速く。
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この中で、私が意味を理解できたのはカリンとアンドリューの言葉だけだった。ジャンニの言う「875のロード。」は、意味がよくわからなかった。「875の道」を走ったということか? だとすると「最後の道」とは何のことか? それとも「ロードバイク」? まさかこれまでに875本のロードフレームをオーダーしたことがあり、70歳の誕生日に最新のものを手に入れたということだろうか。
カズの「自分に感謝する」というのも、よくわからない。なぜ自分に感謝するのか。5,000マイル走れたからか。また、なぜ唐突に「何度パーツを交換しただろうか。」などと言うのか。そもそも、このカズが使用しているコンポーネントは、カンパニョーロのフラッグシップであるSuper Record 11であることが示唆されている。カンパニョーロの最高級コンポは、たったの8,000kmの走行中、何度もパーツを交換しなければならないほど華奢な造りだとでもいうのか。
なんとも意味がよくわからないのである。とりあえず、Super Record 11のユーザーには、日本人を持ってきたいということだけはわかった。そして恐らく、海外市場では、この「カズ」という日本人男性は、例えばフランスの雑誌ならローラン、ドイツならヤン、イタリアならマリオ、といった風に変化するのだろう。Super Record 11(いちばん高級なやつ)をその土地の人に愛用させて、虚栄心をくすぐろうという戦法を取るに違いない。世界同時展開する広告キャンペーンではよくある手法だ。
・・・などと考えているうちに日々が過ぎ去り、この奇妙な広告のことは、すっかり忘れていた。しかし、ある日自宅のポストに届けられた英国のサイクル雑誌"Procycling"4月号の3・4ページに、英語版の"Class of 11"広告が出稿されているのを見た。その広告には、予想した通り、カズの姿はなく、Albertという男性に差し替えられていた。また、カリンもPaolaという女性に変わっていた。ジャンニとアンドリューは同一人物のまま(ただし、イタリア系のはずだったGianniはなぜかJohnというアングロサクソン系の人になっていた。同じといえば同じ名前だが・・・)。
ふーん、やっぱり国ごとに微妙に変えるんだ、おもしろいなー、するとカズの代わりになったこのAlbertという人は、カンパニョーロがSuper Record 11をその人に売りたいと考える、イギリスの典型的なサイクリストのイメージなのかもしれないな・・・などと考えつつ、この四人の写真の下にある短い文章を読んだ。そしてびっくりした。
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John.
875 mountain passes. The last one, on his 70th birthday.
Albert.
He thinks to himself: almost 10,000 miles this year and how many times did I change gears?
Paola.
On the Mont Ventoux, she won the most important race: the one against herself.
Andrew.
Today he climbed the Alpe d'Huez 34 seconds faster.
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つまり、「日本語版"Class of 11"の広告」は、翻訳がひどいのである。誰がどう見てもひどい。全く擁護のしようがないほどひどい。ジャンニ(John)の言う「875のロード」とは、たとえば「875本の峠道」のように訳してくれると意味が通じる。カズ(Albert)の言葉に至っては、ほとんど機械翻訳のように見える。"thinks to himself"とは単に「頭のなかで呟く」程度の意味であり、「感謝する」という意味ではない。つまり「彼はひとりごちる:今年は10,000マイルくらい走った。そのあいだ俺は何回、変速しただろう?」と書いてある。そう、カンパニョーロの最高級コンポ・Super Record 11を愛用するカズ(Albert)は、パーツの交換など一度もしていない。数えきれないほどギアチェンジした、と言っているのだった。
こういう誤訳みたいなものはよくあることで、何も特別カンパニョーロ社がひどいとは思わないけれども、今回の「日本語版"Class of 11"の広告」は読んでいて全く意味がわからず、戸惑った。と同時に、これほど大きい会社の見開き両面ページで、これほどの誤訳が存在しているのは、やはり恥ずかしいと言わざるをえない。つかカンパニョーロユーザーとして、イヤだ。最高級品であることをアピールしたいのであれば、少なくともカズ(Albert)の内省のセリフは、念入りに翻訳しておくべきだったろう。これではまるで、Super Record 11が壊れやすいコンポのように思えてしまう。
価格評価→☆☆☆☆☆
評 価→☆☆☆☆☆
<オプション>
年 式→2011
<<追記>>
カンパニョーロのウェブサイトにてGianni (John)のセリフのイタリア語版を発見した。以下の通り。
Gianni.
875 passi scalati. L’ultimo, il giorno del suo 70° compleanno.
こちらも「875本の峠道。最後に超えたのは、70歳の誕生日だった。」といった意味であると思われ、日本語版の「875のロード」における「ロード」という言葉の出所が謎である。