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cbnレビュワーでリカンベンターのstrikerさんが、リカンベントに関して次のようにレビューされています。
> また「低重心の二輪車は安定性に欠ける」とよく言われるが、それは肯定する。
> だが、こと制動安定性となると、この関係は逆転する。
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=7866&forum=49&post_id=13628#forumpost13628そ、そぉーか、リカンベントの制動安定性は優れているのか、と直感しましたが、一体、どういうカラクリで優れたものになるのでしょうか? ちょっと考えてみました。
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タイヤが路面をとらえて加速したり、ブレーキング制動で減速するときには、車速とタイヤ周速の間にわずかにズレが生じ、ごく微小なスリップ状態を生じているのだそうです。これを積極的に推し進めたのが、例えばクルマの制動時のABSなのだそうです。最大制動力はタイヤがロック(スリップ率が100%)する手前で得られます。
しかし、タイヤが微妙にスリップしてその率が・・・などということを考えると面倒です。というわけでここでは、ブレーキ時には、タイヤがロックしたときの路面とタイヤの摩擦係数を考え、この摩擦係数で決まる最大制動力を超えると、タイヤがロックして100%のスリップ率で滑り始めると考えておきます。たとえばタイヤ一本に注目して、このタイヤが路面に与える垂直荷重をFとすると、ブレーキによって得られる制動力の最大値Fb_maxはタイヤロック時に得られ、
Fb _max = µF
となります。ブレーキレバーを握る力を大きくしていくと、やがてこの最大制動力に到達し、タイヤがロックします。
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普通の自転車のタイヤは前後に2本あります。後輪と前輪にかかる荷重をそれぞれ、xとyということにします。これは無論、車両+乗り手の全体重量に等しくなりますが、全体質量をMとすると、重力加速度gを使って、全体重量はMgとなり、
x + y = Mg
が成り立ちます。
さてさて、たとえば前ブレーキだけをかけると制動がグイッと効くと同時に、前輪荷重が増大するのを感じます。実際に増大しているのですが、そうなると、xとyはブレーキングの強さに応じて変化するんですね。しかし、
x + y = Mg
という関係は、重心の上下動がなければ、相変わらず成り立ちますから、前輪荷重yが増大すれば、その分、後輪荷重xは減少します。
ところで、JIS規格のD9301によると、自転車ブレーキの制動試験で、タイヤと路面の摩擦係数は0.5以上と規定されています。実際にロックさせた場合の摩擦係数がどの程度なのか良くわかりませんが、とりあえず、1としておきましょう。なお、クルマのタイヤでは1前後らしいですから、それほどヘンな値ではないかな?と思います。
で、『 摩擦係数が1 』の意味ですが、後輪ブレーキングしたときに、後輪に例えば30kgfの荷重がかかっていた場合には、後輪ロック時に発生するレーキ力は
30kgf×1= 30kgf ( = 30×9.806 = 294.2 N)
となります。タイヤがロックするところで、
摩擦係数×タイヤ垂直荷重
のブレーキ力を、その最大値として発生することが可能であるとしておきます。本当は、最大ブレーキ力はロックする手前で発生しますが、ここでは詳細には立ち入りません。
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さて、リアブレーキのみを作動させた場合の力の関係を次に示します。リアブレーキに伴い、リアタイヤが制動力を発揮します。リア荷重xに対して、制動力fは最大µxまで発揮することが可能です。つまり、制動力は比例係数kを使って、
f = kx ≦ µx, 0 ≦ k ≦ µ
の範囲で発生することが可能です。
この制動力fのため、自転車は減速を開始しますので、地上からの高さhに位置する全体の重心点には慣性力が発生しますが、この力は制動力と同じ大きさで、向きが逆になります。これですべての力が出揃いましたので、次に、整理してみます。リアの制動力f = kxと、後輪荷重xと前輪荷重yの関係が判明するはずです。
まず、リアブレーキを効かせている場合の荷重状態を模式的に描くと、こんな感じになります。
左側は、定速走行中の自転車です。後輪荷重の方が大きいので、後輪側の路面からタイヤへの反作用荷重を示す矢印を前輪のそれよりも長くしています。
右側は、リアブレーキを効かせた時の自転車です。後輪にブレーキに依る水平力が路面から作用します。減速しますので、同じ大きさの慣性力が、重心に働きます。
これを式で表すと、
基本は最初の2式、つまり並進力のつりあいと、モーメントのつりあいの式だけで記述できます。そしてえらくカンタンに各タイヤの接地荷重xとyがわかってしまいました。また、最後のfrというのは、リアブレーキのときの制動力で、k = µの時に最大値をとります。
今度はフロントブレーキのみの場合ですが、同じように考えます。
右はフロントブレーキ時の力関係です。前輪に路面からのブレーキ力が作用します。
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さて、実際にロードに乗って、時速36km、つまり10m/sからフロントブレーキのみで急減速したところ、ちょうど10mほどで停止しました。このとき、一定加速度で減速したとすると、加速度aとして、
なので、停止までの時間tは、
この時間で進む距離は、
したがって制動時の加速度は、
減速なのでマイナスの加速度になります。-5m/s^2とは、なかなか結構な加速度で減速しています。さすがシマノのブレーキってことでしょうか!?
私の感触としては前輪のグリップ限界はまだ上で、あまり調子コイて前ブレーキでフル減速すると前転してしまいそうすが、この-5m/s^2あたりが、普通に急制動したときの加速度の代表値であるとしておきましょう。なお、教習所で教わるクルマの急制動は、空走時間を除いたブレーキ時では-6.9m/s^2です。クルマには及びませんが、自転車も実は結構な急制動が可能なんですね。(ちょっと意外・・・)
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さて、最初に導いた制動の式を見れば、どんな風に制動力が発揮されるのか、一目瞭然ですが、せっかくx、y、Mなどと制動力の関係を導いたので、適当な重心高さやホイールベースなどを設定して、実際に計算してみます。エクセルなどですぐに出来ます。
まず、条件設定ですが、以下の通り。かなりテキトーに設定していますので、実際に計算を試される場合は、もう少し吟味したほうがよいでしょう。
○ 全体質量 M = 75 kg
○ 全体重心の地上高 h = 0.9 m
○ 後輪車軸と重心の水平距離 Lr = 0.4 m
○ 前輪車軸と重心の水平距離 Lf = 0.6 m
○ ホイールベース Lr + Lf = 1 m
○ 路面摩擦係数 µ = 1
この条件で、リアブレーキングの式を適用して、徐々にリアの制動力を増大させていくと、下図の上段のようになります。横軸は制動力です。制動力が零のところの荷重は、定速走行時の前後タイヤへの荷重になりますが、青線の後輪荷重が、赤の前輪荷重を上回ります。そこからリアブレーキのレバーをぎゅーと握って制動力を増やすと、リア荷重(赤)が減少し、フロント荷重が増大します。そして、ブレーキ力が、後輪荷重と摩擦係数の積に達した点で、線が途切れます。ここでブレーキがロックしてしまい、これ以上制動力が増大しない、というわけです。
一方、下段のグラフは、フロント制動の場合です。制動を強くしていくと、リアブレーキと全く同じように前後荷重が増減しますが、リア制動の最大値を越えます。そして、後輪荷重があるところからマイナスになってしまいます。これは式の上での話で、現実にはあり得ない事態です。このゼロクロス点で、後輪荷重が零になり、後輪が浮き上がってしまうことを示しています。したがって、これ以上制動力を増やすと、自転車は前転してしまうというわけです。こちらのグラフは、21世紀の一般向け自転車本の最高傑作にして、100年後に遺したい自転車本ランキング1位の『ロードバイクの科学』(ふじいのりあき著) にも出てきます。
それにしてもフロントブレーキの制動力がリア制動よりも2倍ほど優れています。これは、日頃感じている状況を思い出させてくれます。
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さてさてリカンベント。
リカンベントの重心高さがどの程度なのかサッパリわからないのですが、ロードよりもずっと低いことは確かです。そこで、先ほどの計算条件の中で、重心高さだけ、ロードの0.9mから0.6mに変更して、これをリカンベントに模して計算してみます。すると、こんな感じ。
上段の青線がリア制動時のリア荷重で、その右端で横軸を読むと、制動限界が275.8Nとなり、ロードの場合の1.2倍程度になっています。下段の赤線がフロント制動時で、リア荷重が零になる直前で最大制動を得ており、ロードの場合の1.5倍程度まで増大しています。しかも、前輪制動では、タイヤの摩擦係数まで使いきっています(って、タマタマですが・・・)。
リカンベントは間違いなく、制動力でロードを上回るであろうことが推測されます。なーるほどぉ~。昔と違って、ブレーキの効き具合がすこぶる良くなっているので、車両の設計によっては、直進走行時に、単純にフルブレーキングしただけで安全に急停止する、ということも可能でしょう。
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下図は、重心位置と制動力の関係をロードの場合で計算したものです。
横軸は、重心の位置で、一番左が後輪軸上、一番右が前輪軸上です。青がリアブレーキの時の制動力、赤が、フロントブレーキのときの制動力です。当たり前ですが、重心位置を前輪軸より前に持っていくことは出来ません(笑) 。また、左側に行くほど、制動力が増大しますが、これは、フルブレーキングの時には思い切り腰を後ろに下げ(かつ上体を低くす)ることで、大きな制動力が得られるという、巷の通説を裏づけるものです。
すでに上図で明白ですが、リア制動の式をよーく見ると・・・
制動力が、前輪車軸と重心の水平距離Lf に比例していることがわかります。
この数年、都心を中心に公道でも頻繁に見られたノーブレーキ固定車ですが、あれで後輪ロック制動する、という小技があります。体を前方に持っていき、利き脚を踏ん張って後輪ロックしてスキッド制動する小技ですが、このとき重心が前方に移動し(しかも上体が立ち気味で重心が上がり)ますから、元々小さい後輪制動力限界が、さらに小さくなります。
つまり、とても貧弱な制動力しか得られないものだ、ということです。あの小技は無論、安全のためのブレーキングではなく、アクセサリーとしての小技、誰もいない安全な裏道で披露するための小技、なんですね。
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低重心のリカンベント車の制動特性がなぜ優れるのか、おかげでスッキリ理解することが出来ました。お題提供元のstrikerさん、ありがとうございました。
( 協力 : CBN電子情報学院栗山村分校 )
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