プチ・サン・ベルナール峠は標高2188m、フランスとイタリアとの国境にあるアルプス山脈の峠です。
北側に位置するイタリアのプレ・サイント・ディディエル(Pré Saint Didier)を始点とした場合、水平距離にして23.5kmの地点であり、標高差は1,184m、平均5.0%の勾配があります。
南側に位置するフランスのブール・サン・モーリス(Bourg Saint Maurice)を始点とした場合、水平距離にして26.5kmの地点であり、標高差は1,348m、平均5.1%、登り始めに最大8.1%の勾配があります。
2009年のツール・ド・フランス第16ステージでは46年ぶりにコースに取り入れられました。
4年ぶりにツールに復活したランス・アームストロングが見せ場を作った登りとして覚えている人もいるかもしれません。
私はその時のコースを逆から辿るように、フランス側から峠に登ってきました。
********************************
フランスのブール・サン・モーリスはツール・ド・フランス2009の第16ステージのステージゴール地点となった標高815mにある町です。
いまだに町のあちらこちらにツールの雰囲気が残っているこの町を出発しました。
町から7km程登ってきましたが、峠の頂上まではまだ24kmのあります。
それからしばらく登ると周りは広く見渡せる牧草風景となり、さきほどまでいた町を見下ろしながらのつづら折りが続きます。
勾配は4~6%程度の緩やかな坂です。
先も長いので、気張らずのんびりと走りました。
スキーリゾートのラ・ロジエール(La Rosière)を通過。
この町の標高は1850mあります。
峠まではあと8km。
ラ・ロジエールを過ぎると、谷沿いに走っている、地図上で見るとイタリアに向けて一直線に走る道となります。
短い草が広がる風景の中を走る道は、勾配は相変わらす緩やかですが、向かい風が吹いてくるため多少きつく感じられました。
ツールに使われた直後ということもあり、応援の落書きだらけでした。
峠まであと少しというところには、行く先を指し示している聖ベルナールの像があります。
アオスタ大聖堂の助祭長ベルナール・ド・マントンは、いまから1000年ほど前、この峠を越えようとして遭難した人達の救助をしていました。
今でも峠を越える旅行者を見守っています。
この峠は国境にもなっているため、フランス、イタリア、そしてEUの旗が風に揺れていました。
31kmに及ぶ登りの末、プチ・サン・ベルナール峠に登頂。
セントバーナード犬に縁のある土地ということで、峠のバーには首にラム酒の小樽をぶら下げた犬のイラストが描かれています。
イタリアに入国。
国境には検問も無く、さすがはEUといったところです。
下っていると、新城選手、別府選手を応援するペイントを発見。
こんなところにまで日本人ロードレースファンが応援に来たのでしょうね。
イタリアの道を下ってゆきます。
グランドゴレット(Grande Golette)などいくつか田舎町を通り過ぎていきました。
この辺りはヨーロッパアルプスの最高峰であるモン・ブラン(Mont Blanc)に近く、4000m級の山々が遠くに見えます。
とあるロータリーにあったモニュメントです。
ツール・ド・フランス初代優勝者であるMaurice Garinの像らしいです。
初期のツールではこのように修理用の工具やタイヤを身につけて走っていたんですよね。
プレ・サイント・ディディエルを過ぎるとモンブラントンネルからの道と合流して大きな道となりますが、まだまだ緩やかな下りが続きます。
古城のあるイタリアの風景の中、長い下りを下りきるとアオスタ(Aosta)の町に着きました。
プチ・サン・ベルナール峠からアオスタまでおよそ60kmの道のりは、ほとんど下りという道でした。
景観→★★★★☆
登坂距離→★★★★★
平均勾配→★★★☆☆