仁義なき戦い 〜撮り鉄 vs 輪行野郎〜
数年前のある夏の日、私は新幹線で東京方面に帰るところでした。輪行でしたので、輪行袋に入れた自転車を持っていました。いつもなら車両最後尾の座席の後ろの空きスペースに自転車を置かせてもらうことにしているのですが、あいにくその日、そのスペースはすでに埋まっていました。
そこで、乗車口付近で立ったまま壁にもたれ、片手で輪行袋を支えて窓外の景色を眺めていました。途中、誰か乗ってくるときには輪行袋とともに移動すれば邪魔にはならないだろう、と考えていました。
そんな私をじっと見つめる一人の初老の男性がいました。肩からぶら下がっているのは大きい一眼レフカメラ、片手には分厚い時刻表。彼は乗車口付近にいる私のほうに近づいたり、離れたり、何か意味不明の行動をしています。反対側の扉にもたれかかってカメラをいじりつつ、また私をじっと見つめます。どうやら、私に何か言いたいようなのですが、言えずにいるようです。しかし彼はやがて勇気を振り絞ったような声で、こう言いました。
「その扉は! あと四駅くらいは開くほうですよ。乗客が入ってきますよ!!」
そうだったのかっ!! なんて親切な人なんだ。教えてもらって、ありがたい。それでは駅に止まるごとに、さっと輪行袋をどかして乗り降りの邪魔にならないようにしなくては。
「そうですか、ありがとうございます。」
と、ニッコリとお礼を言う私。 しかし彼はその場から離れません。それどころか、今度はこめかみに青筋を立て、震えた声で言いました。
「邪魔だから、ど、どいてください!!」
えっ!! そ、そりゃあ邪魔なのはわかるけど、駅に止まったらちゃんと輪行袋をどかして、乗り降りの邪魔にはならないようにするつもりだから、心配してくれなくてもいいですよ。それに、反対側の扉のほうは自転車を置けるようなスペースがないし・・・と、ちょっと心の中で戸惑いましたが、隣の自由席車輛をもう一度確認すると、なんとか自転車を格納できそうなスペースがあるようです。そこで、
「あ、ど、どうもすみません!! いまどきます!!」と答えて私は移動。ああ、場所が見つかってよかった。
しかし、彼はいったい何者なのだろう。私の自転車が乗り降りの邪魔になることを指摘してくれた点は、至極親切ではあるものの、次の駅に着くまであそこに立っていることを許可してくれても、いいじゃないか。そんなに自転車が目障りなんだろうか。かさばって邪魔に見えるのはわかるけれど、本当にお邪魔にならないよう努力しますので、勘弁してください・・・きっと、自転車絡みで嫌な思いをしたことがあるのかな。ブツブツ。
で、トイレに行こうとその客車を出てその乗降口を通りかかったところ、私に「ど、どいてください!!」と言ったその男性は扉の前でデジタル一眼レフに巨大なズームレンズをつけて反対側の路線を狙っています。どうやら途中ですれ違う新幹線か、電車の撮影をしようとしているようです。そうか、これが噂の「撮り鉄」というジャンルの人か! その後、飲み物を買いにまたその付近を通ったら、彼はまだその場を陣取って撮影に熱中していました。なんだ、結局彼は、写真を撮りたかったのでどうしても乗降口付近に行きたかったのか。
勿論、輪行袋に入れた自転車は大きいし、見た目も邪魔そうだし、実際に邪魔になることが多いので、邪魔だと言われてしまったら、なるべく邪魔にならない場所に移動すべきだと思います。基本的には、「輪行させてもらっている」くらいの気持ちでいるのが正しい態度でしょう。
でもまあ、「電車の写真を撮りたいので、その場所を譲ってください」といってくれたほうが、わかりやすかった。
そんなわけで、輪行をしていると、もしかすると鉄道写真愛好家の方々に迷惑がられている可能性もあるので、争いごとを避けるためにも、カメラを持って乗降口付近のあなたをじっと見つめている人がいたら、「ひょっとして、撮影の邪魔ですか?」と聞いてみたほうがいいかもしれません。特定の電車の写真を撮るチャンスは一日に一回しかないこともあるでしょうし、撮影の邪魔をするつもりはありませんヨ!!
評 価→★★★☆☆ 非常に凡庸な日常のひとコマ
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