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『ロードバイクの科学』の著者、ふじいのりあき氏が、月刊サイクルスポーツに登場しました。
3月号の目玉、「コーナリング特集」で、ふじい氏の8ページは、大変面白い内容でした。日本でトップレベルの実績を残した竹谷賢二氏と大石一夫氏が、プロレーサーとして極限で鍛えた鋭敏な感覚と経験的な側面からコーナリングを語り、続くページで、ふじい氏が理論と実際的な側面から、的確な考察を行っています。
サイスポの今回のような特集の形態。これは、雑誌的にはひとつの理想なのではないかと思います。
ふじい氏は若い頃からバイクや自転車に親しんでいるそうです。勤務先の同好会には所属しているらしいのですが、リアルレーシングの世界で何か特筆するリザルトがあるわけでもなさそうです。しかし、『ロードバイクの科学』を見てもわかるように、少年時代からずっと自転車に乗り、考え続けているところが半端ではありません。
噂ですが、50歳になっても、年間1万キロ以上を自転車で走っているそうです。競技をやっているわけでもないのに、この走りっぷりは、自転車好きにも程がある、というレベルでしょう。
そんな長い自転車経験や、エンジン設計の本業で養った知識や経験も手伝ってかどうか、理論的考察の結果を、一般向けにわかりやすく言語化する能力が、ふじい氏は非常に高い。理論的なことを難しく説明するというのは案外簡単なのですが、ふじい氏のように、サイクルスポーツの読者を意識したものに仕上げる、というのは、意外と難しいのではないかと思います。
もし私が、サイクルスポーツの編集者であるならば、もう一歩踏み込んで、「最新ロードバイク一気乗り」のような特集でも、感覚の鋭敏な元プロ選手を従来どおりメインテスターに起用しつつ、さらにふじい氏のような人材を起用して、元プロが発するコメントに理論的な裏づけをしつつ翻訳を行い、的確に言語化をはかることを試みます。これが出来れば、これまでとは比べ物にならないくらい質の良いロードバイクレビューのページを作ることができる、と確信しています。
さらに、ふじい氏のような人物による試乗現場での分析は、鋭敏な感覚を持つテストライダーの潜在意識を刺激し、さらに新しい発見を促すかもしれません。天性の野生と猛練習で極上のコーナリングスキルを身につけたかもしれないトップライダーをして、「なるほどオレのコーナリングはつまり、そういうことだったのか」と言わしめるかもしれません。
そうすれば、読者に的確で有益な情報を伝達するという、雑誌本来の使命を果たすことにつながるでしょう。
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しかし、何から何までふじい氏に依存するのは、安易というものです。ふじい氏には本業があり、さらに、今に至るまで多数の特許出願を続ける(google PATENTで検索してみると外国特許が多数ヒットする)ふじい氏のような人は、現役機械設計者としての職業的矜持を持っていることでしょう。
自転車歴が非凡ですから、本を書くネタはいくらでも持っているでしょうが、だからといって毎年のように本を書いたり、一年中講演に飛び回ったり、というような副業生活にどっぷり漬かるようなことを善しとするような人物ではないでしょう。
新たな人材の育成や発掘は、月刊サイクルスポーツにとって必須課題だと思います。月刊サイクルスポーツが新しい局面に突入することができるかどうかの分岐点に差し掛かっているのではないでしょうか。35年来のサイスポファンとして、私はそう思います。
岩田編集長、いかがでしょうか?
ところで、ふじい氏が使った「摩擦円」。
クルマが趣味の方々の世界では、コーナリングを語る際に、結構ふつうに使われる概念(のよう)ですが、ふじい氏のシンプルで明快な解説を読んで、色々な妄想が膨らんだ少年少女も多いことでしょう。
・・・登坂時に加速したら円の大きさとか、矢印の大きさはどうなるのかなあ?
・・・円の大きさって、路面状況に応じて、慌しく、劇的に変化していくのかなあ?
・・・「円」と言っているけど、タイヤの変形は方向によって違うんじゃないの?そしたら摩擦係数も違ってきて、楕円になるんじゃないかな?
・・・荷重が増大すると摩擦係数が小さくなるって、一体どういうことなんだろう?
・・・
・・・
無論、ふじい氏は、これらの疑問に的確に回答してくれるでしょうが、今回の特集では、こういったことの詳細を議論する余裕はなかったでしょう。しかし、ふじい氏の話の出発点は、巷に溢れる意味不明なインプレ言説などではなく、論理的なものであるため、読者が自らの努力で、その思考を発展させることができるようになっています。
これは、『ロードバイクの科学』でも、いたるところに罠のように仕掛けられています。好奇心旺盛な少年少女の心をくすぐっていることでしょう。
あ、それからもうひとつ。どうでもよいことですが、ふじい氏が誌面で乗っている自転車。随分古典的なクロモリマシンに見えるのですが、気のせいでしょうか。ふじい氏は筋金入りの自転車好きのようです。
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★