伊藤 礼 こぐこぐ自転車

伊藤　礼『こぐこぐ自転車』平凡社、2005年12月16日初版発行。2006年5月8日初版第4刷発行。

■目次
自転車に関するさまざまな見解
都内走行の巻
房州サイクリングに出かけて雨で挫折したこと
碓氷峠攻略をめざした長い一日の話
自転車が順繰りに増えて六台になった話
北海道自転車旅行の話

■体裁
ハードカバー、四六判、糸かがり綴じ、312P

■内容

初出の平凡社PR雑誌『月刊百科』連載を加筆訂正したもの。
筆者は1933年生まれだから2010年で67歳になる。
本業というかそもそもはフランス文学者、訳書にロレンス『チャタレイ夫人の恋人』など。
『チャタレイ』といえば高校生のころ世界文学全集でわくわくしながら読んで、あら？もう終わり？例のシーンはドコ？と肩透かしを食った思い出が。もう一度読んでみようかな。いや、あの、どうでもいいんですけど。


筆者は退職前に「記念のために、来年からはもう来なくなる」勤務先の大学まで自転車で通うことを思い立つ。

…（大学までの距離は）12.5キロメートルだ。いま思うに、まあなんと理想的な自転車通勤の距離であろうか。
近すぎず、遠すぎず、理想的距離である。しかし30年前からそこに通っていて、私は一度も自転車を
用いたことはなかった。取り返しのつかないほどもったいないことをしたと、いまは思う。

で、挑戦した筆者はがたがたの歩道やバイクトラックタクシー都営バス関東バス…の爆走する車道で散々な恐怖を味わい、学校に着いたときには「東京港を出発して南極に着いたぐらいの気分に」なり、ようよう帰宅したときには「トロイ戦争から帰ってきたオディッシュウスの気持ちが分かった」。

大げさですね～w　都内の道はこんなものなのかと地方在住者は思ったりもしました。

でも結局筆者は古希を目前にして、スポーツサイクルの世界にきっちりはまり込んでしまうのです。

…青森とか下関とか軽井沢は、私の胸の中でピカピカ光っている。自転車のいいのは、目的地を
ピカピカ光らせてくれるところにある。汽車や自動車ではそんなふうにならない。昨年越えた箱根峠も
ずいぶんピカピカしていた。

東京ローカルの話は在住者には面白いかも（西新宿１丁目交差点とか、石神井川とか、神田川から隅田川とか）。


単独や自転車仲間でのツーリングも、ひょろひょろふらふら・よろよろ感が満開です。

　　　…私たちの走行距離の目標はいつも控えめである。なにか自転車雑誌で「一日200キロ走って男に
なろう」という惹句を見てなるほどそういうこともあるのかと感心したことがあったが、そうまでして
男になる気はない…


「自転車が順繰りに増えて六台になった話」なんかは身につまされます。６台にもなるとどの自転車に乗って出かけるかでひとしきり悩むんですねえ。
ちなみに筆者の６台は「自転車が順繰りに増えて六台になった話」のなかで、以下のように紹介されています。

・無我夢中でジャイアントMR4Fを買った話…24インチの折りたたみだそうです
・ホームセンターでルブリカント76を買った話…ダホン インパルスのOEMだそうです
・あこがれのダホンSLにめぐりあったこと…重量10.1kgで輪行にぴったりだそうです
・知る人ぞ知るクオーツXLα…宮田工業のママチャリで重量9.9kg（!!）だそうです
・特別誂えのdioss号…北海道旅行用としてXTR(!!)で組んだクロスバイクだそうです
・寸法ぴったりだったクラインATTITUDE…スペシャのMTBスタンプジャンパーの代わりに購入したそうです


エッセイはネタと文体（スタイル）が肝心。
自転車エッセイともいうべきジャンルには社会派ツーキニスト疋田智やツーリング派のぐちやすお、石田ゆうすけなどの名前が浮かびます（ほかにもたくさんいらっしゃいます）。
どなたもいいネタといいスタイルで、私は大好きです。

伊藤さんのスタイルは少しクセがあって好き嫌いが分かれそうですが、焼酎と同じでクセがあるほうが美味しい。

そう思った人が多かったらしく続編で『自転車ぎこぎこ』（ステキなタイトル。もうレビューされてますね）が発売されたそうで、読むのが楽しみです。


価格評価→★★★★★
評　　価→★★★★★

購入価格 ￥1600（税別）

読み始めた時は、エッセイのトピックは小さくない？と感じ、途中で読むことを止めてしまうのではないかと思った。
というのも、同じ頃に自転車で世界一周した人達の本を読んでいたからだ。それらと比較するとこの本はスケールが
小さいように感じられた。

しかし、読み進めるうちに作者の文体にも慣れ、その観察力の詳細さに関心し、作者の主張や行動に共感する自分がいた。
高齢という言い方をすると失礼だが、退職を前に自転車に乗り始めた作者が、自転車により長く乗るためにトレーニングし、
より快適に乗るために多くの自転車を購入し、何度かの事故やけがを経てもへこたれず挑戦し続ける姿はすがすがしかった。

楽しく無理をしないで自転車で遠くまで行くための輪行の工夫や作者が出かけた輪行のルートなどは、奥さんや彼女を
自転車に誘おうとしている男性の参考になると思う。

価格評価→★★★★☆　(単行本なのでちょっと高い？）
評　　　価→★★★★★　(文体にはまった！）

購入価格 ￥1600（税別）

評判がいいので購入。これはかなり楽しめた。

伊藤整のご子息で元英文学教授である方のエッセイとのことなので、上品でおカタイ本かと思ったら全くそんなことはない。

本書を記述しているのは、車道でタクシーに追い抜かれたのが悔しくて見返してやろうとスピードを出して事故ってしまったり、自転車用のヘルメットは事故のたびに買い直せなどと言うのは業界の回し者だなどと言ってみたり、交差点で並んだ他人の自転車を見て「フン」と思ったりと、ある意味で非常に親しみの持てる（笑）語り手である。

同時に、自分の自転車スタイルはサイクリングなのかそれともツーリングなのかと「実存的な」自己問答をするといった学者ならではの内省がまたおもしろい。また、「自分の意見を持つ」ことに強いこだわりを示しているあたり、いかにも学者らしい（こういうタイプの日本人は絶滅しつつあるのではないだろうか）。

全体に通低しているのは、やはり「考える」ことの大切さ。なぜダホンのヘリオスSLなのか。なぜサイコンがどうしても欲しくなったのか。この人には「なんとなく」というのがない（しかし我々と同じように、「どうしても欲しくてたまらなくなった」という理由で新車をIYHしてしまうあたりが微笑ましい）。

おもしろいエピソードが満載。普段、サイクル雑誌で連載されている自転車ライター・エッセイスト諸氏のエッセイとは視点がかなり違うので新鮮。普段我々が「どうでもいいこと」と無意識に片付けて済ませているような事柄にスポットライトが当てられていて、なんだか反省させられもする。

価格評価→★★★★★
評　　　価→★★★★★　若者にこそオススメしたい本