購入価格 ¥1,785 (税込)
自伝の類が好きではないため、何となく今まで避けてきた本である。ところがあまりのおもしろさに一瞬で読了してしまった。これは素晴らしい、良き書物である。何がこれほど本書を刺激的な書物にしているのであろうか。無論、アームストロングの自伝なのだから凡百のフィクションより面白くて同然であろう。原書では著者が Lance Armstrong with Sally Jenkinsとなっていることから、恐らくこのサリー女史が大変にスキルのある自伝書のゴーストライターなのであろう(名前がしっかり出ているのでゴーストではないが)。米国には著名な人物が自叙伝を書く際に、ストーリーを効果的に纏め上げてくれる人がいる。彼らはしばしば恐ろしいほどの才能を示すが、本書も例外ではない。本書がランス・アームストロングによる一人称のスタイル(「僕」)で記述されているため、読んでいてこのサイクリストはライターとしても大変な才能があるのではないかと思ってしまうが、恐らくこのサリー女史による情報の取捨選択と構成が巧みなせいもあるのだろう。とはいえ、ベースとなる内容が内容だけに、誰が書いても「読ませる」内容になってしまうのかもしれない。
原書を読んでいないので確実なことは言えないが、良い日本語訳なのではないだろうか。読んでいて不快になる翻訳がなかったし好感の持てる文体になっている。自転車用語も完璧ではないにしてもかなりリサーチされてある。ただしタイトルだけは個人的にはいただけない。原題は訳者も解説している通り、It's Not About the Bike 、「自転車の話じゃないぞ」であり、それは恐らく「ツール・ド・フランス優勝者の自伝」に対する「ロードレースや自転車についてかなり多くの情報があるのではないか」という自動的な期待をはぐらかす目的のあるなかなかに味のあるタイトルだと思うのだが、「自転車の話じゃない」と「ただマイヨジョーヌのためでなく」のどちらのタイトルが「売れそう」かというと、恐らく後者であろう。ただ、若干恣意的すぎる意訳である。これには講談社側の編集者の意図もあるのかもしれない。だがこれは本質的なことではない。
本質的なことは、この書物がひどく人を興奮させる点である。私は自叙伝の類があまり好きではないし興味もないのだが、それでもあっという間に本書に引きずり込まれた。何処を読んでも、何処から読んでもおもしろい。金太郎飴のような本である。化学療法のくだりで心を痛め、コフィディスの手口に憤慨し、フチュロスコープのタイムトライアルで手に汗を握る。実に読ませる。
雨天で自転車に乗れないような休日用に、未読者は買い置きしておくのが良いだろう。精神的に大きい打撃を受けたり、深刻な病に罹患した際に本書を思い起こせば、本書は助けになるだろう。それは必ずしも癌でなくとも良い。本書には「闘い」と「復活」について本質的かつ普遍的なことが数多く記述されているからである。
その意味では、確かにこれは自転車についての書物ではない。
それにしても、これほど強い絆で結ばれたランスとキークも、後に離婚している。何があったのかわからないが、この男には何が起こっても不思議ではない。第二の自伝も期待したい。
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★