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特別な計測装置が無くても可能な「転がり抵抗の計測」の事例としては、次のような少々手の込んだ手法がCBNレビューで示されています。しかし、
>> 実際にやってみたところ、想像をはるかに超える難しい実験でした。
という具合で、かなり難しい計測であることも示されています。
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=11376&forum=120&post_id=19711#forumpost19711転がり抵抗の絶対値計測とまでは行かないまでも、タイヤ毎の相対的な大小の評価でも構わないとして、何か良い方法はないでしょうか。
というわけで本稿では「試案1」を示します。(長文ご容赦のほど・・・)
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■■■ タイヤの転がり抵抗はどこから来るのか ■■■
タイヤが転がるとき、接地面が次々とタイヤ周上を移動するため、タイヤ表面では、
「元の形状から変形し、再び元の形状に戻る」
これが連続して発生しています。この際、変形量が増大するときにタイヤが地面を押す力と、変形量が減少するときにタイヤが地面を押す力の間に差があるため、損失が発生します。接地し始めの部分と接地終了の部分を取り出して変形量が同じ瞬間に着目すると、後者の力のほうが前者よりも小さくなります。この力の差分を変形量で積分した値が損失となります。
さて、タイヤの性能としては、一般に、
「転がり抵抗係数」
として、マクロな量で損失の大小が示されます。つまり、転がり抵抗という力の大きさはタイヤ接地荷重に比例し、この比例係数を「転がり抵抗係数」と称し、これの大小で転がり抵抗の大小を評価します。詳しくは次のリンクの
>> ■■■ 転がり抵抗とは何か ■■■
をご参照ください。
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=10899&forum=120■■■ 試案1のコンセプト ■■■
コンセプトは次のとおり。
〇タイヤが転がるとタイヤが変形して損失を発生する
〇ホイールを垂直に落としてボールのようにバウンドさせれば、硬い床面で跳ねる瞬間にタイヤが変形する
〇ホイールがバウンドして到達する高さは徐々に小さくなっていくが、これはタイヤの変形で損失が発生するからである
〇床面で跳ねかえるときの反発係数を計測すれば、転がり抵抗が小さいタイヤは反発係数が1に近くなり、転がらないタイヤは1より小さい方向に乖離していくはずである
〇タイヤの転がり抵抗係数の絶対値はわからないが、タイヤ毎に上記のような反発試験を同じように行うことでその結果を相対比較し、タイヤ毎の転がり抵抗の序列をつけることは可能である
〇同一のタイヤでは、空気圧を高圧にすればするほど転がり抵抗が低くなることが一般的に知られている(または信じられている)が、これを勘案すると、空気圧を高圧にすればするほど反発係数も1に近づくはずである
以上のような考え方。うまくいくと思いますか?
実験する前にいろいろ考えるのは楽しいものです。
■■■ 反発係数の導出方法 ■■■
コンセプトはわかったとして、では、どうやって反発係数を導出するのか?やり方は一通りではありませんが、以下にその方法の一例を示します。
まず、高さh1からホイールを自然落下させて床に衝突する瞬間の速度をV1、反発直後の速度をV2とすると、反発係数eは
です。
高さh1でのホイールの位置エネルギーが衝突直前のホイールの運動エネルギーになりますから
ただし、高さh1はせいぜい10センチなどの小さい値であり、衝突速度も小さいので、ここでは空力抵抗は無視しています。(高校物理の式が出てきましたがご容赦ください・・・)
上記からh1とV1の関係が次のようになります。
さて、重力加速度gで加速されて衝突直前に速度V1を得ますが、これに要する時間t1は、
です。速度V2で反発したホイールが再び床に衝突するまでの時間⊿t2は上記から推して知るべしで
となります。
ホイールは何度もバウンドし、床との衝突を繰り返す毎に運動エネルギーが少しずつ熱(や音)として散逸し、衝突速度が徐々に小さくなりますが、
「衝突する時刻がわかれば、それらの間隔⊿tで衝突速度がわかる」
ことになります。衝突速度がわかりますから、これによって反発係数が判明する、ということになります。
なお、一定の反発係数eのもとで反発が一瞬で行われると仮定すると、衝突イベント間の時間間隔は等比級数となり、したがって、最初の衝突速度をV0とした場合の衝突時間間隔の和は次のように有限となります。数式上では反発回数は無限大ですが、隣り合う衝突間の時間間隔の総和は次のように有限になってしまうのです!(完全に余談)
■■■ 準備 ■■■
試案1に際して準備したアイテムは以下の通り。
〇〇 リム+タイヤ 〇〇
1) 使い古しのチューブラリム
2) チューブラタイヤ
3) 空気圧確認用計測器
リムは大昔の決戦リム、マヴィックGP4、タイヤはVittoriaの最廉価帯チューブラ、Rally 23Cです。Vittoriaの廉価チューブラは精度があまりよろしくなく、そのまま嵌めるとセンター出しで結構苦労することがあるので、あらかじめリムセメントを塗布せずにドライのまま嵌めてセンターを出した状態で7~8bar程度にして暫く放置して馴染ませているのですが、まさにその状態のリム+タイヤを使います。したがってスポークとかハブは無し。実験の最中、空気圧確認にはSKSのエアチェッカ-を使います。・・・あっ、コレ持っていたんだオレ・・・使うのは10年ぶりか!?
GP4とVittoria Rally 23C
SKS空気圧チェッカ
〇〇 オーディオ環境 〇〇
4) リニアPCMレコーダ:OLYMPUS LS 10
5) オーディオ・エディタ : SoundEngineFree (フリーソフト)
OLYMPUS LS 10
タイヤが床面と衝突する音を録音し、これを時間軸上でよーく見て、衝突時刻を確定します。録音にはリニアPCMレコーダを使います。購入して既に9年ほどですが、連日数時間のNHK FMまるごと録音に活躍中のタフネスぶり(余談)。オーディオ・エディタのSoundEngineFreeはPCM音源を扱う専用のフリーソフトです。とても扱いやすい。
〇〇 計算環境 〇〇
6) EXCEL
7) SCILAB (フリーソフト)
EXCELは計測結果の整理用、SCILAB(
http://www.scilab.org/ )は本来、科学技術計算用の汎用ソフトですが、今回SCILABは単にグラフ描画をやるために使うだけです。
■■■ 実験 ■■■
私が居住する集合住宅の一階ロビーは床が硬くて騒音も少ないので、ここでやります。なお、行為自体がかなり怪しいので、日曜日、新聞配達の人しか活動していない早朝4時頃に行います(笑)。これで準備はばっちり。あとは実験するだけデス!実験は昨年9月に敢行しました。
し ・ か ・ し ・・・
いや~、やってみたらそりゃもう、意外な展開。ホイールを10センチか20センチ程度の高さから真っ直ぐ落とすのですが、なかなかうまく垂直に跳ね返らず、何度もバウンドさせるのが至難です。タイヤが廉価品でセンターが出ていないからなのでしょうか?(タイヤのせいにするな!!)というわけで何度も繰り返しやる羽目に。
まさかのreprize
>> 実際にやってみたところ、想像をはるかに超える難しい実験でした。
路面が微妙に荒れているアスファルト路面だったら最早、全く実験にならないところです。
■■ 録音データの確認 ■■
パン・・パン・・パン・パン・パ・パパ・・・
という感じでバウンドする音の音圧をSoundEngineFreeで確認するとこんな感じです。これは空気圧が9.35bar(=9.5kgf/cm^2)の場合です。ただし、序盤の余計なデータを削除していますので、一発目の跳ね返り時刻そのものに、深い意味はなく、あくまでもその後の跳ね返り時刻との相対的な関係が重要です。
音圧の時間波形
波形の尖った部分が9か所ほどありますので、波形として確認できる回数だけで都合9回バウンドしています。これは非常にうまくいった事例です。やるたびにこんな良好なデータが得られると楽なのですが、こんなにいいヤツは20回に1回程度かも。で、1回目のバウンドの尖鋭部をエディタ上で拡大すると次のようになります。
タイヤの衝突音がマイクロフォンに到達し、AD変換された後に内臓メディアに音圧の立ち上がりが書き込まれる時刻が図中の黒実線のタイミングで、0.097秒です。この調子で各衝突での立ち上がり時刻を調べます。
■■■ 結果1 ■■■
さきほどのバウンド事例をまとめるとこんな風になります。
表の各列の意味は次の通り。
第1列・・・衝突時刻
第2列・・・隣接する衝突時刻の差分
第3列・・・衝突して反発するときの速度(計算で導出)
第4列・・・隣接する反発速度の比すなわち反発係数e
第5列・・・反発するときの速度から算出される跳ね上がり高さ
反発速度と、跳ね上がり高さは、時間間隔から計算していることに注意してください。直接測らずとも、時刻が正確にわかれば知ることができます。この事例での反発係数の平均値は、0.902ですが、よく見ると、後半、すなわち跳ね上がり高さが小さいほうが反発係数が高いようです。が、タマタマ、かも知れません。
なお、空気圧の単位ですが、
1 kgf/cm2 = 0.98068 bar
です。
次の図は、衝突音のデータから得られた反発係数と、最初の跳ね上がり高さ13.839cmを使って、空力抵抗を無視して計算したハウンドの様子(下段)を、音の時間波形(上段)と並べて示したものです。
各反発ポイントでの反発係数をそれぞれ与えて計算していますが、実測タイミングと非常に良く一致します(当たり前ですが)。
で、空気圧9.35barのデータは、これひとつではなく、実は9組の有意なデータを収録しました。上図では跳ね上がり高さがだんだん小さくなり、これに付随して反発係数もある程度変化していますが、横軸を跳ね上がり高さh、縦軸を付随する反発係数とすると、9組のデータは次図のようになりました。
結構なカオスですが、目を細めると右下がりで、反発係数の全体の平均値は0.902となります。
■■■ 結果2 ■■■
上記は空気圧が9.35barの場合ですが、この調子で徐々に空気圧を下げ、2.0barまで9種類の空気圧で実験を行っています。これらの結果をまとめて示します。ただし、6.75barの結果は省略しています(というかうっかりしていた)。
パッと見ですが、何故か低圧ほど反発係数が大きい、つまり損失が小さい、という結果になっています。わかりやすくするために、各空気圧での反発係数の平均値でグラフ化します。横軸が空気圧、縦軸が反発係数eです。
四角でプロットした9データが試験結果ですが、3bar前後で反発係数が最大、つまり損失が最小、という結果になっています。薄い赤線はプロットを通過するように恣意的に引いた線です。空気圧がゼロ、すなわち差圧ゼロで大気圧になると、ほぼ跳ね返りませんので、空気圧が0barに向かうにつれて反発係数は急降下するはずです。また、10bar以上では床面衝突で変形するのが、タイヤ表面のトレッド部だけになるため、ある程度高圧になると、タイヤの変形様式が一定になると推測されます。したがって、反発係数は、ある一定値に収束する傾向を示すと思われます。薄い赤線は以上のような考察を元に、かなり恣意的に引いていますが、まあ、傾向としてはそうなのかも知れません。
一方、実験をやる前に想像していた結果は、図中の薄い青線です。すなわち、高圧ほど反発係数が1に近づき、損失が低下していく、というものです。
実際の結果に少なからず驚きを覚えた、というのが正直な印象です。そもそも、今回の実験で作用するタイヤの領域は表面だけであり、タイヤサイドまで影響するような実走時とは違う、と言ってしまえばそれまでですが、ではなぜ、今回の結果の如く『違う』のでしょうか。面白そうな題材が潜んでいるかも知れませんね。
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いや~、惨憺たる結果になってしまいました。最初に引用した事例
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=11376&forum=120&post_id=19711#forumpost19711の方がまだマシです(笑)。
まあ、そんなことも無いかな?今回の結果はある意味、
『発見』
です。こういう意表を突く結果が得られるからこそ、その先が面白いわけです。同一銘柄ならば、高圧時ほど転がり抵抗が小さい、という通説(?)に疑いを持ち、探究するというのも悪くはないでしょう。
小中学生の皆さん、今年の自由研究のネタは決まったようなものですね!!(コラコラ)
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さあ、実験大好きな皆さん。
こんなヘボヘボな「試案1」を撃破する「試案2」、「試案3」を探求してみては如何でしょうか!
(もしよければ・・・)
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★(結構楽しめた)
年 式→2016