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月刊サイクルスポーツ、通称「サイスポ」は私がいちばん好きな自転車雑誌である。そのサイクルスポーツの2015年10月号(8月20日発売)の表紙がネット上で賛否両論を巻き起こしたのは記憶に新しい。
ご覧の通り、肌露出の多い水着美女が大きくフィーチャーされている。これはかつて「Funride」という自転車月刊誌(先の7月に休刊)が採用していた手法を想起させるもので、「サイスポがファンライド化してしまった」「ファンライドの編集部員がサイスポ入りしたのだろうか」「これはサイスポも廃刊になるフラグだ」等々、様々な憶測と懸念を呼んだ。
この水着美女は表紙だけでなく、「初めてでも失敗しない! 世界一やさしいパンク修理講座」という記事にも登場している。ビニキ姿のままタイヤを外そうとしたり、チューブで遊んだり、チューブと一緒にプールに入ってエアー漏れを確認したりしている。写真はどれも首から下〜腰から上のエリアを異様なほどに強調したもので、女性を性的なオブジェクトとして扱うという明確な意志が感じられるものだ。
この水着美女の採用について、私は特に賛成とか反対とかそういう意見を言うつもりはない。ないのだが、様々な感想は持った。
例えば、私の勤める会社でこの10月号を机の上に置いておくと、コンプライアンスに関係する部署の怖いおばさんに呼び出され、正座させられ説教されるのは間違いない。セクハラだと言われるだろう。だから会社で昼休みに堂々と読める感じではない。
通勤電車の中や、歯医者の待合室でこの10月号を拡げることも、難しい。
サイスポがこの表紙を採用した理由は、間違いなく「新しい読者層を取り込みたい」というものだったろう。また、それは大きい決断だったのではないかと推測する。私よりもずっと長くサイスポを愛読しているコアなファン層は、恐らくこの表紙を歓迎しないだろう。サイスポもそれは承知しているはずだ。従来の、長年サイスポを支持してきたコアなファン層を切り捨ててでも、若い新たな読者層の取り込みを計らなければ雑誌の存続自体が危ぶまれる程度にまで売り上げが低迷しているのではないか、という懸念を私は持った。
ところで大きいリスクを犯してアタックを仕掛けたものの、この表紙を見てどれだけの新しいサイスポファンが増えるかは疑問である。というのも、この表紙及びパンク修理講座に登場する水着女性の様子に、私は編集ディレクション側の次のようなメッセージを読み取ったからである。
「君たちはバカだから、こういうのが好きだよね」
私にはそう聞こえた。そんなメッセージは聞こえない、という人もいるかもしれない。そこは人それぞれ。ただ、若い読者層を取り込むならもっとうまいやり方があるような気がする。少なくとも廃刊になったばかりのファンライドが売り物にしていた手法をそのまま取り入れるよりも良い方法があっただろう(それともファンライドの愛読者をそのままサイスポに誘導したかったのだろうか)。ついでに書いておくと、多くの女性読者にも不快感を与えたのではないかと推測する。
雑誌の内容自体は特に劣化しているとは感じない。相変わらずヘンな記事はあるけれど、良質の記事もたくさん掲載されている。適当なごまかしが効かない手強い読者層に大きい信頼を寄せられている優れた自転車ジャーナリスト・ライターの安井行生氏によるキャノンデール新旧モデル徹底試乗も、俺チャレも、輪な道も、僕の細道も、いつものように面白い。広告やPR記事にしても、提示の仕方は別として新情報に接したい読者にはありがたいコンテンツとなっていると思う。
現在、雑誌はどのジャンルでも存続がかなり難しくなっているメディアだというのはわかる。私は世界中の様々な自転車雑誌を読んできたが、月刊サイクルスポーツは世界的に見ても最高のクオリティを誇っていい雑誌だと思う。だから、そういう雑誌がなんとか存続するために、読者として応援したいとは思うが、雑誌側が既存の読者層に対するレスペクトを捨てたり、若者を小バカにしたような手法に訴えると、それも難しくなってくる。
とはいえ、この10月号で水着美女を大々的にフィーチャーしたことは大した問題ではないと考えている。このレビューで書きたかったのは、そんなことではない。水着美女など本当はどうでも良いのである。それよりももっとずっと大きな、見過ごせない問題がこの10月号にはあるのだ。それは何か。
7月に女性版ジロ・デ・イタリアとも言うべき「ジロ・ローザ」の第6ステージで優勝した日本人女性がいる。彼女は直後のツール・ド・ブルターニュの第3ステージでも単独の逃げを決め、勝利した。
Wiggle Hondaプロサイクリングチーム所属の萩原麻由子選手である。
グラン・ツール(に相当するレース)で区間優勝した日本人は恐らく彼女が史上初である。彼女の快挙は、勿論このサイスポ10月号の21ページでも紹介されている。だが、ゴール直後、口に手を当て照れくさそうに喜びをかみしめている可愛らしい萩原選手の姿は、10月号の表紙にはない。写っているのは、「タイヤの中にチューブがあることも知らなかった」という水着美女である。これこそがサイスポ10月号の最大の罪である。
水着美女は11月号に回し、10月号の表紙は絶対にゴール直後の萩原麻由子選手の写真で行くべきだった。
もしかすると、サイスポ編集部もそれはわかっていたのかもしれない。だが、ジャージの胸にWiggleという文字が入っている萩原選手を表紙に載せるわけには行かなかったのかもしれない。サイスポに広告を出稿している日本の輸入代理店は、日本国内のお店で商品を買ってもらわないと立ち行かない。海外通販の王様であるWiggleのロゴが胸の真ん中にどんと入ったジャージを着た選手を、表紙に採用できるわけがなかったのかもしれない。
価格評価→☆☆☆☆☆
評 価→☆☆☆☆☆ フェラーリ早川氏の裸より100万倍ましなのは認める