funride 同一メーカー松竹梅 比較分析インプレッション
購入価格 ¥750~800(funrideの価格)
例えば、次のようなシチュエーションを想像してもらいたい。 あなたは街を歩いている。すると、向こうから歩いてきた人が突然、手を上げて、次のように言う。
「今日はカッチリした感じだね! スーツもパチッと乾いてるじゃないか!」
あなたはまず戸惑うはずである。カッチリした? パチッと? この人は何を言いたいのだろう? この人は、まるで私が「カッチリ」や「パチッと」という表現を理解するのが当然であるかのように話している。しかし、私にはその意味がわからない。そもそも、私はこの人が誰なのかを知らない。いや、ひょっとすると、私はこの人を知っているのではないか。まさにこの人が「カッチリ」や「パチッと」といった表現で、どのような内容を伝えたいのかを理解できるほどに、親密な関係なのではないか --
雑誌「funride」における、ライター・細沼達男氏の「同一メーカー松竹梅 比較分析インプレッション」を読んでいて私が常々抱く違和感は、上記のようなものである。
例えば、funride 2009年12月号ではルイガノの三モデルを比較分析している。その中で、氏は次のように書いている。
■・・・だが、ひと踏み目でこれまた驚かされた。「パチッ」と乾いている。質の高いカーボン素材を使い、薄皮に仕上げられたフレームの感触だ。入力に対する反応が速い。明らかに価格を超えている。(p.106) ■「パチッ」と乾いており、入力に対して素早く、そして気持ちよく響く。剛性感が過剰でないこともホビーライダーが使うことを考えると好印象だ。(p.107) ■「カチッ」と乾いたカーボンの感触が小気味よい。(p.109)
このように、細沼氏は「パチッ」とか「カチッ」とか「カッチリ」とか「パリッとした」とか「サッと」といった擬音語・擬態語を用いることが多い。これはfunride 2009年12月号だけに限った話ではない。例えば、BHのロードバイク三モデルを比較分析しているfunride 2010年2月号を見てみよう。
■そして走りもいい。ひと踏み目から極めてカチッとした感触がわかる。いかにも質の高いカーボン素材を使い、フレーム内部の肉厚が薄いであろうことが想像できる。(p.106) ■路面からの突き上げや微振動があっても、カーボンの軽い感触が「サッ」といなしてくれる。(p.107)
と、だいたいいつもこんな感じである。どうやら「パチッ」とか「カチッ」といった擬音語・擬態語による表現は、ライター・細沼達男氏にとっては欠かせない言語的ライブラリのようだ。
しかし、そうした「パチッ」とか「カチッ」といった表現で氏が何を言いたいのか、私にはさっぱりわからない。理解しようと努力してはみたが、無理だった。では、一体誰なら理解できるのだろうか?
細沼氏はfunrideのプロフィール紹介で、「初心者にもわかりやすいインプレを書くことを目指している」と書いていたように記憶している(何月号かは忘れたが)。すると、恐らく氏は「パチッ」とか「カチッ」といった擬態語・擬音語表現が、「初心者にもわかりやすいもの」であると考えているのかもしれない。
だとしたら、それは大きな誤りであると言わざるをえない。
細沼氏が「同一メーカー松竹梅 比較分析インプレッション」で用いているアプローチ及び技法は、一言で言うと「私の言語を話せ!」(You speak my language!)という手法である。「あなたは私の話す言葉の意味がわかりませんね? わからなくてもいいのです。何故ならこれは『俺語』だからです。でも大丈夫。時間がたてば、この『俺語』の意味も、わかるようになります。だから、辛抱強く、何ヶ月も、何年も、ずっとこの『俺語』を読み続けてください」というアプローチである。
この意味で、細沼達男氏の文章は、日本の様々なサイクル雑誌の中でも際立って特殊なものである。そこでは、見えない読者層を想定して、その読者とコミュニケーションを持とうとする努力が徹底的に放棄されている。これが果たして「初心者にもわかりやすいインプレを書くことを目指している」細沼氏による意図的な戦術なのか、それとも単なる驚くべき想像力の欠如のせいなのかは不明である。
誤解のないように書いておきたいが、こうした"You speak my language"的なアプローチが悪いわけではない。私たちは日常的にこうした言葉の使い方をするし、特定のグループでしか通用しない隠語や符牒を使ったりもする。それは無垢な楽しみでもある。
しかし、それは批評家の方法ではないだろう。どちらかというと芸術家の方法である。細沼氏が「『パチッ』と乾いている。」と書く土俵は、岡本太郎が「芸術は爆発だ!」と書いた土俵と同じである。ちっとも悪いことではない。
ただ、私は雑誌funrideの機材インプレで、芸術家による文章は読みたくない。岡本太郎が「芸術は爆発だ!」というとき、「彼は何を言いたいんだろう」と私たちは一生懸命考える。では、細沼氏が『「パチッ」と乾いている。』と書くとき、「彼は何を伝えたいんだろうか」と必死に読み解こうとする読者がどれだけいるだろうか。それとも、私が無知なだけで、実は彼は知る人ぞ知る自転車インプレ界のカリスマだったりするのだろうか?
細沼氏が、特定のカーボンバイクに乗って、それがパチッとしているとか、カチッと乾いている、と書くとき、氏がそのように感じ取っているのは事実かもしれない。だが、カチッとかパチッと書かれても、何も伝わってこない。それどころか、「この人は自分の『カチッ』とか『パチッ』とかいう言葉がユニバーサルな意味を持っていると勘違いしているのだろうか」という疑問を持つ。
それでも私は、数ヶ月読み続ければ、細沼氏の「カチッ」や「パチッ」の意味がわかるようになるかもしれないという淡い期待を持ち、やってみたが、やはり結局何もわからなかった。ルイガノのLGS-RSSについては、「パチッと乾いた」と「カチッと乾いた」という二種類の表現が用いられているので、「カチッ」と「パチッ」は同じ意味で使用していることは、わかった(そして腹が立った)。また、あいだ二ヶ月を置いて書かれた次の二つの文章は、全く同じ意味であることも理解できた。
「だが、ひと踏み目でこれまた驚かされた。「パチッ」と乾いている。質の高いカーボン素材を使い、薄皮に仕上げられたフレームの感触だ。入力に対する反応が速い。明らかに価格を超えている。」 「ひと踏み目から極めてカチッとした感触がわかる。いかにも質の高いカーボン素材を使い、フレーム内部の肉厚が薄いであろうことが想像できる。」
友達が「これ、カチッとしてるね」とか「スッと進むんだよ」というのなら、理解できるかもしれない。しかし、私は細沼氏の友達ではないので、氏が何を言いたいのか全く理解できない。まるで、街を歩いていて、向こうから歩いてきた人が突然、手を上げて、「今日はカチッとしているね!」と話しかけてくるようなものである。
こんな時は、「すみません。人違いですよ。」と答えて、速やかにその場を立ち去る他ない。
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