購入価格 ¥1819 (amazon.co.jp)
BROMPTONに関する本。BROMPTONという自転車の誕生から現在までの歴史を、「折り畳み自転車の歴史」という、より広いパースペクティブの中で、かつミクロな視点で振り返っている。著者のDavid Henshaw氏は、ロンドンで"A to B magazine"という折り畳み自転車専門誌を編集する世界的に有名なBROMPTON愛好者であるらしい(と、CBNきってのブロラー(笑)であるmascagniさんにレビュワー専用掲示板で教えてもらった)。
私はBROMPTONを所有していないのだが(今のところ!?)、以前小物を購入したことのあるUKのSJS Cyclesからのダイレクトメールで本書の存在を知り、その後卑劣にもamazonに本書を注文していたのであった(だってそのときSJSで買う物がなかったんだもん。今度何か買うよ!)。
で、この本はものすごく面白い。もう無茶苦茶に面白い。BROMPTONを持っていない私でもものすごく楽しめた。何がそんなにおもしろいかというと、読み進めていくと、折り畳み自転車の歴史という軸だけでなく、ここ30年間くらいの世界の経済と産業の風景がぼんやり脳裏に浮かび上がってくるからである。
例えば、p.53のTaiwanese Bromptonというくだり。BROMPTON人気に火がついて猫の手も借りたいほど忙しくなっていた1991年に、Andrew Ritchie(BROMPTONの設計者であり社長さん)は台湾の「ユーロタイ」(Eurotai)なる会社のPeter Wangという人物から電話を受け取る。「もう電話かけてくんな」と最初は追っ払うものの、Eurotai側はしつこくアプローチ。Ritchieも殺到するBROMPTONの注文を自社工場だけで生産できなくなり、ライセンス契約の誘惑にぐらっときてしまう。最終的には契約締結。しかしこれが悪夢のはじまりであった。著者のDavid HenshawはRitchieのマブダチなのか、Ritchieからかなり生々しい言葉を引き出している。例えば・・・
「奴等は本当に手抜きしていた。チューブは壁みたいに分厚かったし、ペダルの材質は最悪だった。何もかも間違っていて、あらゆる箇所で手抜きをしていた("They were really taking short cuts. The wall thickness of the tube wasn't what it should be, and the material for the pedal was the wrong stuff. Everything was wrong and they'd just taken short cuts all over the place.")」(p.54)
「奴等はベストを尽くしていたが、奴等のベストはガラクタ同然だった("They did their best, but their best was crap.")」(同上)
手厳しい(笑)というか、一度はビジネスパートナーであった会社をこれだけ赤裸々に、歯に衣を着せず批判しているAndrew Ritchie本人の言葉は、本書の大きい魅力だろう。もうね、こんなこと言っちゃっていいの、という「(Ritchie談)」が炸裂しています。
この台湾のEurotaiという会社は後にNeobikeという会社を設立、「おいしい巨大市場・日本」(つまり、モニター前のあなたと、これを書いている私のことかもしれないw)を主なターゲットとして「台湾BROMPTON」を生産。しかし品質はなかなか良くならない。BROMPTONのブランドイメージは下がっていく。Neobikeは台湾BROMPTONにでかでかとユニオンジャック(英国旗)をプリントし、水着のセクシーなモデルをBROMPTONにまたがらせるなどのマーケティング活動を展開。BROMPTONを「ちゃんとした折り畳みコミューター」として大事に育てたいAndrew Ritchieにとってこれも耐え難いことだったらしく、結局ライセンス契約はお互いに更新せず。しかしBROMPTONの製造ノウハウは台湾に流出してしまう。「ユーロタイは危ないから組んじゃダメだ」と、ライバルなのになぜか親切に警告してくるDAHONのDavid Hon博士。Ritchieは台湾品質を認められないけれど、主要株主はアウトソースにもまだ未練がある。そうこうするうちにマーク・サンダースという若者がストライダを発表、しかしストライダは日本からの15000台のバックオーダーを抱えたまま倒産・・・どう、おもしろそうでしょ!? 他にも「トシ・ミズタニ」とか「マック・ナカネ」といった謎の日本人(笑)も登場、ちょっとした「小径車ビジネス裏話」みたいな雰囲気もあります。
Andrew Ritchieという人、アジア嫌いで有名と聞いてはいたが、これを読んでなるほどと思った。彼は恐らく、BROMPTONのライセンシングビジネスで、台湾人とのコミュニケーションに挫折したのであろう。それで、アジア全体が嫌いになってしまったのではないか。そんなことを思ったりもした。日々の仕事で業務の一部を中国、台湾、ベトナムなどの東アジア諸国にアウトソースしているという人にはなかなか考えさせられるところが多いであろう。現代でも大変だったのだから、20年前はもっと大変だったはずだ。本書を読んでいると、ちょうどいまテレビを賑わせている「アメリカのサプライヤが供給したトヨタ車用アクセルペダル問題」などは、「Neobikeが供給した不良率0.4%を誇るBROMPTON用ハンドル」の話とズバリ重なってくる(人間は本当に歴史から学ぶことがヘタである)。言い換えると、ビジネス的なパースペクティブからも、この本はなかなか興味深い。
勿論、「BROMPTON NANO」(電動BROMPTON)や「折り畳みタンデムBROMPTON」や「折り畳みリカンベントBROMPTON」といったマニア必見と思われるカスタマイズ写真も紹介されている。写真の量は、多くもなく少なくもなく。ただしどの写真も見ていて飽きない。BROMPTONは見ていて本当に欲しくなる自転車である。欲しい色やハンドルのかたちを妄想しているだけで時間が過ぎていく。
BROMPTONの進化年表など、いかにもこの手の本にありがちな付録も当然あるが、それでも本書の魅力は「BROMPTONの裏話」的な部分であろう。
本の表紙はウォーホールの作品みたいで、清潔でかわいいが、中身は実にドロドロしていて、期待を裏切るおもしろさの本であった(笑)
価格評価→★★★★★ 1800円の価値あり(但し16万円の出費に繋がっても当方は一切関知しない)
評 価→★★★★★
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ペーパーバック、160p、英語