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驚愕の数値が出現した。
元実業団登録ロードマンでフリーライターの吉本司氏の執筆になる記事『トライ&ジャッジ!』(262ページ)で紹介されているカーボンリムホイールセット『グラヴィティ・ゼロ』である。このリアハブのフリー部だが、従来のラチェット構造とは異なる独自方式を採用しているようだ。
『(前略)豪メルボルン州立大学で行った実験では90回転のペダルケイデンスにおいてシマノ製ハブよりも21%駆動効率が優れることが証明されているという(後略)』と書いている。(『』内はCS誌記事引用、以下同様)
伝聞調であるが、これがもし本当なら驚愕の事態である。
本当に駆動効率が21%もUPしたならば、それを使ったユーザの走りは一変する。喩えるならば、全くの別人に生まれ変わり、2ランク上で戦えるような感触を味わうことが出来る、という感じだろう。0.2%でも2%でもない、21%である。ロードバイクのスプロケットはこの30年で6速から11速に進化し、変速もアナログなフリクション式Wレバーから一発で決まるインデックス+デュアルコントロール型に進化して、自転車全体で20%程度の軽量化を果たしている。だが、そんな目覚ましい進化もこの『21%駆動効率が優れる』という飛び道具に比べれば全く取るに足らない。それこそ瑣末事である。
吉本氏のインプレには、なぜそのような劇的な効果に関する記述が無いのか?無論、一般的な意味での21%の駆動効率UPなど、そこには存在していないからに他ならない、ということではないだろうか。本当に21%もUPしていたら大騒ぎである。吉本氏もそれを解かっているのか、それとも『21%駆動効率が優れる』の重大さを全く理解していないのか知らないが、伝聞調でお茶を濁し、あとはそれっぽい適当な文章を書いて一丁上がりである。ペダルの回転が軽いとか、慣性モーメントがどうだ、はたまた漕ぎ出しが軽いなどといったことを大げさに取り上げ、ああいえばこう言う、といった風情で誌面を埋めるのが自転車雑誌のインプレ記事で常態化していて、自転車は理論的背景を偽装したレトリックで語られてしまっているなあ、と思うことがしばしばだが、『21%』という大事件に正面から切り込まずして、一体ほかに何を語ろうと言うのか?読者は意味不明なインプレではなく、『21%駆動効率が優れる』の真偽を知りたいはずである。
『21%駆動効率が優れる』の真偽に関して全く触れていないのだから、何が書かれていてもすでにあまり意味はないが、吉本氏の記述には気になる点がある。引用してみよう。
『(前略)固定ギヤのバイクに乗ったことがあるサイクリストはわかると思うが、それに似たダイレクトなペダリングでトルクロスが少ないように感じる。とくに80~90回転以上でのペダリングは、下死点から上死点に向けて足を押し出してくれる感覚すらある。 (後略)』
固定ギヤの場合だが、感覚ではなく物理現象として『下死点から上死点に向けて足を押し出してくれる』のは、車体と自分の持つ運動エネルギーがチェンを伝わって自分の脚に仕事をすることによるものである。勿論、本当にチェンが脚に仕事をしているときには、それが平地であれば自転車は減速し、運動エネルギーも減少する。拙いペダリングの代表例である。これを『ダイレクトなペダリングでトルクロスが少ないように感じる』と表現してしまうのは、如何なものか?
だが配することはない。左右の脚がペダルに与える力によって生み出されるクランク軸周りのトルクは、猛烈に回転をあげることなどせず、ごく普通に上手にペダリングすれば、常に正数(つまり、クランク軸側が駆動する側であり、駆動される側にはならない)であり、「拙いペダリング」にはならない。したがって、このようなときにチェンに押し上げられることはなく、意に反して負の仕事によって自転車が減速してしまうことなどないからである。(※片足ずつで見れば、負トルクが存在する人が多いだろうが、ハブに入力されるトルクは両足によるトルクの和であり、この場合は普通、常に正トルクである)
で、フリーホイールの場合だが、フリー機構において『下死点から上死点に向けて足を押し出してくれる』感触の通りに、本当にチェンが脚に仕事をしているとすれば、それは脚を休めたときにフリーがスムーズに回転してくれないようなフリクションがフリー機構に存在することを意味する。おっと、その前に実際にそんな動作をしたらチェンの上半分の側が緩んでしまい、危険極まりないし、そんなフリーは欠陥品である。もちろん、脚をとめたところでラチェットがちゃんと効いて、シマノならチリチリ…と控えめな音、カンパならバキバキ!…と爆音が鳴り響くのみである。余談だが、爆音でも大した損失ではなかろう。したがって吉本氏の言う『下死点から上死点に向けて足を押し出してくれる』という感覚は、あくまでも「そんな気がする」というレベルのことであろう。
吉本氏のインプレには、製品の謳い文句にとりあえず合わせておこう、という姿勢が見られるようだ。もう少し、現実の物理現象との整合性を考えたときに納得できるような、わかりやすい『トライ』と『ジャッジ』の表現を望みたい。そして、『21%駆動効率が優れる』という驚愕の数値の正体を解明することが、吉本氏の今後の課題である、とここで指摘しておきたい。
それにしても本当にこんな機材が存在したら、北京では死力を尽くしつつも残念ながら調子が上がらずTTで最下位となってしまった別府選手が秘密裏に使うことで、上位に食い込めたのではないだろうか?
さて、あまりにも怪しいので開発元をウエブで調べてみた。GRAVITY-ZEROは豪州のメーカーである。同社ウエブサイト
http://www.gravity-zero.com.au/によれば、この会社は17年間、いろいろなホイールを製造してきた会社のようだ。自転車、馬車レース、ソーラーカーなどのホイールである。で、この製品に関しても解説があったのだが、吉本氏の言っているような内容が書かれていた。どこまで読んでもいま一つよくわからない。同サイトの” X one Hub Technology”のページで、
In reality, all conventional freewheel rear hubs/wheel sets have lag, some as high as 22.8 degrees = 16%.(上記サイトから引用)
とあった。結局、延々と従来ハブのラチェットをキャッチするまでの最大角度である22.8度にこだわって、この lagが損失の原因であると言いたいようである。普通にペダリングすればそもそもlagなど、脚を休ませた後のひと踏み目以外に存在しないのだが。そして、この新しいハブは、
Supporting independent studies carried out by the Victorian University, Melbourne, Australia, show the X one (Test Hub) has increased torque over a Shimano conventional flywheel hub by up to 21% at 90 RPM.(上記サイトから引用)
となる。CS誌にもあった記述だ。詳細は上記サイトを見ていただきたいが、なにやら従来ハブと新型ハブに現れるトルクの計測結果らしきものまで示されている。(下に引用したグラフの画像)平均20Nm程度で90rpmと言えば、およそ190Wであり、中負荷平地走行といったところだ。そしてなるほど21%らしき差が見て取れる。
正直申し上げて、何を言っているのか全く理解できない。こんなトルク差があるのなら、技術的に説明してもらいたいところである。
そこで、開発したGRAVITY-ZEROに、技術論文もしくは、大学で実際に研究に従事した担当研究者を紹介してほしい旨、メールで依頼してみた。
すぐに返信が来たが、要約するとこうだ。
「現実に何が起きているかを示すのがもっともよい回答となるでしょう。もちろん、21%という値がすべてのライディングに当てはまるわけではなく、全体のパフォーマンスにゆだねられます」
そして3つのファイルが添付されていたが、その中の一つに、豪州トライアスロンのチャンピオンたちがこの製品を使っている、という紹介があった。現実に起きていることというのは、このチャンピオンたちがGRAVITY-ZEROのホイールを使っているということを指すらしい。これはたった一ページのディーラー向けの販促資料だった。あとの2つはWEB上の情報と同類。結局、公にされた技術レポートは無いようである。また研究者情報も得られなかった。
次にVictorian University×GRAVITY-ZERO×hubでネット検索してみたが、ヒット件数は極めて少なく、論文や報告書というカテゴリは全くヒットしなかった。
吉本氏の記述には気になる点がある、と書いたが、何を言っているのかわからないGRAVITY-ZEROの言い分をそのまま流しただけのようだ。結局、吉本氏のレビューは、GRAVITY-ZEROの言い分の受け売りに等しく、レヴュワーとしてのアイデンティティを感じることができない代物だったということだ。
いずれにしても『21%駆動効率が優れる』などという話を鵜呑みにしてはいけないようである。当り前の話かもしれないが。
価格評価→★★☆☆☆
評 価→★☆☆☆☆