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平地を一定速度で走行する場合、自転車と乗り手は、
①空気抵抗
②タイヤ転がり抵抗
を受けます。したがって乗り手は、これら(とギヤなどの損失)の合計に見合った出力をクランク軸に与えていることになります。人や自転車の重量に着目すると、平地を一定速度で走行する場合、重量が走行抵抗に与える影響は、タイヤの転がり抵抗成分への寄与がそのほぼすべてです。したがって、平地定速走行時にタイヤやチューブの銘柄が気になることはあるでしょう。車重も多少は。ホイールの慣性モーメントに至っては、転がり抵抗も何も、全く関係ありません。しかし、加減速走行する場合には、上の①②に加えて、
③質量加速抵抗
が新たに加わるため、車重が重いと、加速時にはその分だけ人間の出力が余計に必要になります。また、ホイールに着目すると、慣性モーメントという 「質量の親戚みたいなもの」 が加速時だけ顔をだし、さらに仕事が増えます。
一般論としては、剛性が同じで、乗り手の入力に対して同じような反応を示す自転車であれば、車重は軽い方が加速が良く、慣性モーメントが小さい方が加速が良い、ということになります。ロードホイールの場合、満足できる剛性が確保できているのならば、効果のほどは別にして、慣性モーメントが小さい方がよいのは明白でしょう。ちなみに、平地走行で加減速がなければ、ホイールの慣性モーメントを考慮する必要は全くありません。
というわけで、ホイールの軸周りの慣性モーメントを計測する方法を紹介します。(マエフリ長スギ!!)
適当に概算するという方法が最も簡便ですが、紹介する方法も比較的簡便な方法だと思いますので興味のある方は、どうぞ!!
++++ ++++ ++++ 測定方法 ++++ ++++ ++++
下の左の図ように、前ホイールの外周に糸を1周ほど巻きつけて、この糸にくくりつけた質量mのおもりが床から高さhのところに位置するように、ホイールを手で軽く支えます。次に、手を離すと、ホイールが回り始めて、おもりが落下していきます。hだけ落下して床に衝突しますが、手を離した瞬間から衝突までの時間は、慣性モーメントJの値が大きいほど、長くなります。というわけで、落下時間を計ることで、ホイールの慣性モーメントを求めることができます。右の画像は実際に行った実験系の様子です。
実験のようす
++++ ++++ ++++ 準備するもの ++++ ++++ ++++
ホイール : 前ホイール(後ホイールでもよいですが)
おもり : 今回は500円玉を7枚使いました
秤 : おもりの質量を計ります
糸 : 普通の手縫いの細い糸ではなく、ちょっと太めの方がやりやすい
ホイール支持台 : フレ取り台でも、自転車そのものをひっくり返しても何でも可
ストップウォッチ : 時間を計る小道具
++++ ++++ ++++ 実験手順 ++++ ++++ ++++
①おもりの質量mを秤で計測します
②おもりを付けた糸をタイヤの真ん中に巻き付けます
③おもりを落下させる落差hを巻尺で測ります
④高さhにおもりを保持した状態からホイールを解放し、この瞬間にストップウォッチを押します
⑤床などに衝突する瞬間にストップウォッチを止めて、落下時間tを測ります
以上で、
m : おもりの質量[kg]
h : 落下距離[m]
t : 落下時間[s]
がわかりましたが、これに加えて
R : 糸を巻き付けたタイヤ外周の半径 ( 0.334 [m] など )
g : 重力加速度 ( 9.807 [m/s^2] )
Tf : ホイールの軸フリクション[Nm]
も使います。ただし、ホイールの軸フリクションは不明ですので、とりあえず零ということにしておきます。
++++ ++++ ++++ 慣性モーメントを計算する ++++ ++++ ++++
慣性モーメントJは次の式(1)を使って算出します。
いきなりこんなものが出てきても半端なく天下りで納得できませんが、とにかくこの式に数値を代入します。この式の出自を知りたいという方や、夏休みの自由研究でこのネタを使いたいという探究心旺盛な中高生の方は後ほど。。。
++++ ++++ ++++ 実験結果 ++++ ++++ ++++
私が行った実験の結果を以下に示します。なお、今回用いたホイールは前輪で、リムがAMBROSIO NEMESIS 32H、スポークがDT-SWISS Champion 1.8、真鍮ニップル、ハブがSHIMANO HB-6700、タイヤがVittora CORSA CX ELITE、リムセメントがSOYO、ハブ毛が・・・です。
各数値は以下の通りです。
++++++++
質量 m = 0.0508 [kg] (500円玉7枚+固定用ビニールテープなど)
落下距離 h = 1.275 [m]
重力加速度 g = 9.807 [m/s^2] → これは常にこの値を使います
ホイール半径 R = 0.334[m]
落下時間計測5回 t = 2.040, 2.041, 2.045, 2.042, 2.045
→ 以上すべて採用して平均をとり、 t = 2.0426 [s]
ホイール軸フリクション Tf = 0 [Nm] (暫定 ! )
++++++++
以上の数値を次のように式(1)に代入して、慣性モーメントJとして0.0853[kgm^2]を得ました。
++++ ++++ ++++ ホイール軸フリクションの扱い ++++ ++++ ++++
式(1)で軸フリクションTfを零としているのはどうにも気持ち悪いですね。
ところで、今回の実験では、時間tが2.0426 [s]、落下距離hが1.275 [m] ということで、平均速度は
va = 1.275/2.0426 = 0.624 [m/s]
でした。これを半径Rで割ると平均角速度ωaになりますが、
ωa =0.624/0.334 = 1.869 [rad/s^2]
です。これを何の前触れもなくいきなり2乗して3.49です。
ところで次の過去レビューでこのホイールの軸フリクションについて詳解しています。
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=10523&forum=48&post_id=18134#forumpost18134このレビューのFig.8には、横軸をωの2乗、縦軸を角加速度dω/dtとして実測値をもとにグラフ化しているのですが、横軸で、先ほどのωaの2乗値3.49を当てはめると、回転が遅すぎてグラフのほとんど左端に位置しており、dω/dtの大きさは凡そ0.05になります。回転があまりにも遅いので、空力抵抗は無視してよい領域です。すると、この過去レビューの式(2) と、先ほど導出した慣性モーメント0.0853を使って、軸フリクションTfは、
Tf = 0.05×0.0853 = 0.0043 [Nm]
となります。これをホイール軸フリクションとして採用しましょう。すると式(1)は、
となります。慣性モーメントが先ほどの値から修正されました。というわけで、私のロードバイクの前ホイールの慣性モーメントは、
です。
とりあえずこれが、このレビューの終着点です。最終的な値としてコレを採用することにします。
( ただし、お気づきでしょうか? 参照した過去レビューで求めている軸フリクションTfは、今回、最初に求めた暫定の慣性モーメント0.0853を使って求めたものです。そうやって得たTfを使って、再びこちらの式(1)を使ってJを求める。これは矛盾を内包しているのではないか ? と。
ご安心ください。そうやって過去レビューの式(2)と本レビューの式(1)を4、5回行き来すれば、Jの値は瞬く間に一定値に収束し、その値は0.083辺りになります。→というか単に連立2元1次方程式)
今回の式
過去レビューの式
価格評価→★★★★★
評 価→★★★☆☆(軸フリクションや時間計測その他の不確定性が気になる)
以下ご参考
++++ ++++ ++++ 時間計測異聞 ++++ ++++ ++++
ストップウォッチで落下時間を計測するというのは、実は結構難しい、という感想を持ちました。
「ちゃんと計測できてる気がしねぇ~~」
という感じです。陸上の時間計測ではメキシコ五輪あたりからだったか、電気計測が導入され始めましたが、手動だとつい早く押してしまって、時間が少しだけ短くなっちゃったりするんですよね。床に落ちたその瞬間にストップウォッチを押しているつもりなのですが、動体視力の衰えを隠せない今日この頃、どうしても早めに押してしまうし、押すタイミングもばらついてしまうようなんです。
というわけで、音で計測することを考えました。実は上の実験では、この 「音計測方式」 を使っています。おかげで5回の計測数値のばらつきは俄かに信じられないほど小さくなってしまいました。
やり方は簡単です。まず、ホイールを止めている手を離した瞬間に、棒で机を 「カン!」 と叩きます。このタイミングは、何かとおぼつかない自分でも結構うまくいきます。次に、おもりが床に落ちた瞬間に 「コン!」 という音が出ます。この2つの音を録音して、その波形の立ち上がり時刻から時間間隔を読み取ります。特に床に衝突する音を拾う瞬間を確定する時間精度の良さは魅力的です。
音速が有限であることも侮れませんから、マイクロフォンを2つの音源から同じ距離に置くと良いでしょう。
☆☆☆ SoundEngine Freeで波形を見る ☆☆☆
ノートPC内臓のマイクでPCM録音しても良いし、PCMレコーダで録音しても良いのですが、wavファイル形式で録音した波形を見るには、フリーソフトの ” SoundEngine Free ” が便利です。 再生画面で波形を見ると、例えばこんな風になります。
これは手を離す瞬間の音と、おもりが床に衝突する音が両方捉えられていますが、波形を拡大して音が立ち上がる瞬間の時刻を1/1000秒刻みで細かく見ることが出来ます。こんな便利なソフトが自由に使えるとは、世の中、便利になったものです。
++++ ++++ ++++ 式(1)の導出 ++++ ++++ ++++
慣性モーメントの計算式(1)の導出過程を説明します。
まず、質量mのおもりの最初の位置は高さhですので、このおもりは、重力場での位置エネルギーとして、下に示す式(a)のようにEpというエネルギーを持っています。ホイールを止めている手をパッと離した瞬間から、おもりによってホイールが回転し始め、段々回転速度を速めながらおもりが床に衝突します。おもりがhだけ降下して今まさに床に衝突するぞ、という瞬間のおもりの速度をvとすると、このおもりは式(b)のような運動エネルギーEkmを持つに至ります。また、ホイールが回転しているので、回転速度をωとしてホイールの慣性モーメントも式(c)に示す運動エネルギーEkjを持つに至ります。式(b)と式(c)は同じ形をしていて、mとJが対応しています。そんなわけで、慣性モーメントを 「質量の親戚みたいなもの」 と冒頭に記した、というわけです。
それから、軸フリクションTfは、エネルギーを消費します。軸フリクションによる損失エネルギーは軸フリクションと回転角度の積で与えられます。回転角度というのは、この場合、タイヤ半径Rで高さhを割ったもので、角度単位はラジアン[rad]ですが、これらから、軸フリクションによる損失エネルギーEfは式(d)のように与えられます。
以上で4個のエネルギーが出てきましたが、これらには式(e)のような関係があります。この等式の読み方は、例えば、
「最初に持っていた位置エネルギーEpを使っておもりが加速しつつhだけ降下して、位置エネルギーEpが運動エネルギーEkm とEkjに変化したのだが、嗚呼、残念なことにホイール軸フリクションEfの分だけ損してしまった」
という風になります。
さて、おもりが加速度aで降下していたとすると、床への衝突速度vと到達時間tの関係は式(f)、速度を積分すると落下距離になりますから、高さhと加速度aと到達時間tの関係は式(g)、また、おもりの速度vとホイールの回転角速度ωの関係は式(h)となりますので、これらから速度vと角速度ωを式(i)のように書くことが出来ます。
式(i)のvとωを式(e)に適用して変形することで、式(J))を得ます。これが最初の式(1)です。
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