先週末の話、車坂峠(
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=5485&forum=124)からの続きです。
車坂峠からの気持ちいい下りを堪能し、国道18号を経由して、地蔵峠への出発地点を、しなの鉄道の滋野駅に定めました。第三セクター鉄道、しなの鉄道の滋野駅から県道94号線をひたすら上る地蔵峠への道のり。
http://route.alpslab.jp/watch.rb?id=2deaf6247ca7a7e9d1e5a3c8eb0ab20e1983年の春、群馬県の横川駅まで輪行して碓氷峠を越え、軽井沢から滋野駅まで下り、その足で地蔵峠に上って以来、26年ぶりです。当時、滋野駅は、JR以前の国鉄信越線の駅でした。実はここ、自分の生まれ故郷で、高校時代まで住んでいた町の近くです。実家はないものの、地蔵峠に自転車で上るのが26年ぶりとは、随分と不義理をしていたものです。
隣の車坂峠と双子のようなこの道は、滋野駅を起点とすると、標高差は約1170m。対する車坂峠は標高差が約1300m、いずれも平均勾配は8%を超えます。こちらのほうが地味な道ですが、まさに双子のようなの関係です。26年前はロードでローエンドが42×20という、無知で無謀なギヤ比でも何とかなりましたが、もはやそんなパワーがあるはずもなく、歳相応のギヤ比で淡々と上ります。
それにしても容赦ない登坂です。車坂峠に続いて似たような手ごたえの登坂はちょっと堪えます。高度を上げていくと、気が遠くなるというか、眠りたくなるような気分。苦し気持ちイイ感じ?上りながらデジカメを操作するのが最早、至難の業となってきました。
お地蔵様のようなものがひとつ、またひとつと、現れます。百体観音と呼ばれるものですが、非常に古いものから、そうでもないものまでいろいろあるように見えます。小学生の時、遠足登山のバスの中で、先生は、「百体観音だけど、なくなっているのも、あるんです」と。なるほど、なくなってしまったものは後で再建したのかもしれません。
余談ですが、このときの遠足登山を引率した隣のクラスの先生が、その後、71歳で世界最高齢エベレスト登頂に成功(その後、三浦雄一郎氏が記録ホルダーに)するような、卓越した岳人だった、などということを知る術は、全くありませんでした。
途中、二人乗りの若い男女が、小さいバイクで楽しそうに喋りながらゆっくり抜いて行きました。高校三年生位でしょうか。なんだか和んでしまう雰囲気です。カーブで折り返して上っていく二人はこっちを見てにこにこしています。というわけで、手を振ってみたところ、後ろに乗っている男子(!)が大きく手を振ってくれました。なんだかうれしい感じ。
もうすぐ峠だ!と思ったところで先ほどのバイクが下ってきました。今度は女の子が後ろに乗っています。お互い手を振って笑顔ですれ違いました。
車坂峠に勝るとも劣らない、この地蔵峠。開放的な場所です。ぐぁ~着いた!という感じ。
先ほどの百体観音。この先、群馬県側に下って3kmの旧鹿沢温泉で、完結します。
やがて、体が冷えてきました。売店に入って温かい牛乳を飲みます。ここから先、群馬県嬬恋村へ下るのも面白いのですが、今日はもう、限界。車坂峠のある高峰高原方面に少しだけ行ってみます。途中の池の平湿原までは舗装道路ですが、ロードの場合は、ここまでは行ってみた方がよいでしょう。夏ならば、高山植物がキレイですので、お勧めです。
今日はクルマでの遠距離移動もあったし、もう限界なので、ウインドブレイカーとハンディタイツで下ります。下りはスピードが出ますが、車坂峠の道のような良路ではなく、多少荒れた部分もあるので、小径車の高速ダウンヒルは要注意です。下界に近づくと段々暖かくなってきます。国道18号とその裏道を経由して懐古園(小諸なる古城のほとり・・・)側から小諸駅に戻り、今日のサイクリングは終了です。なんだかんだで、累積標高差で2600mほど走っています。たった75kmしか走っていないのに、も~ヘロヘロ。
そのまんまの恰好でクルマで宿へ。風呂に入って、自転車ウエアを洗濯ネットに入れて宿のコインランドリーで洗って、スッキリ。裏の蕎麦屋でこの地の名物、くるみ蕎麦を食いました。
疲れたなあ、明日は帰るだけにしようかな。。。
(鳥居峠へ、つづく)
評 価→★★★★★