自転車の走行抵抗について chapter 10(補章2) 人が自転車のペダルに力を伝えて走るとき、自転車と乗り手にはどんな抵抗力がかかっているのでしょうか。
chapter1から
chapter8において、各種走行抵抗要素の考え方と計算ツールへの実装方法をほぼ網羅し、完結しました。さらに
chapter9(補章1)で、惰性走行を検討するために新たにワークシートを追加しました。
一方で、「RoadLoad(走行抵抗)をSurvey(調査する)ツールのはずなのに、
単純に、一定走行速度に対する必要駆動力という、一般的なroadloadの定義に対応する単純な計算シートがないのは何か意図があるのか??」という、一部ユーザ(というか1名様)のご意見がありました。そういわれてみればそうです。
chapter9までは、時間軸上のダイナミックな数値計算に拘ったあまり、加減速が存在しない定常的な走行速度に対するroadloadの計算シートのことを何故か失念していました。というわけで、
”RoadLoadSurveyorの基本機能”を追加します。
文と構成 GlennGould
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chapter 10 (補章2) ■■■ ≪走行抵抗≫ワークシートの追加 ■■■「平地無風状態で私の巡航速度は35km/hです」
などといます。この時に乗り手がクランク軸に与えているパワー(仕事率)が例えば、220Wだったとしましょう。では、追い風3m/sの状況下で35km/hを維持する場合には、どの程度のパワーになるのでしょうか。向かい風3m/sの場合はどうでしょう。 さらに、平地と思っていたら実は0.5%ほど登っていたとか、そんなときに速度を維持する場合、どの程度のパワーになるのでしょうか? これらの条件を変化させた場合の、
≪速度v.s.パワー≫の関係をシンプルにグラフ表示します。
なお、改定したEXCELシートは
CBN downloadsに掲載されています。EXCELシートの名称は、
” RoadLoadSurveyor_ver.1.30” です。
chapter1から
chapter10(補章2)までの総集編としてpdfファイルも同じ場所に掲載していただいています。
■■ 走行抵抗計算の考え方 ■■chapter6で示した式(6-1-2)、式(6-2-2)、式(6-2-3)を使います。作成するグラフの横軸が時間ではなく速度であり、微分方程式を逐次計算する必要がないので、実は簡単です。ただし、
chapter4で説明したトランスミッション系の伝達効率の式(f)に少々、問題があります。
(f)…再掲
負荷が非常に軽いような領域での効率が振動的になってしまうため、
≪走行抵抗≫ワークシートにおいては、この式を使わず、無難な数値として一律94%の効率を設定しています。また、下り勾配などでブレーキをかけて定速走行する場合は通常の伝達効率は意味を失うので、100%としています。
なお、トランスミッション系の伝達効率というのは、人間がペダル軸に対して行った仕事のうち、後輪タイヤ接地面に伝える仕事の割合を意味しています。
■■ ≪走行抵抗≫ワークシートの使い方 ■■EXCELシート左下の6つのワークシートタブから右端の
≪走行抵抗≫タブを選択します(下図参照)
Fig.10-0 EXCELワークシートのタブ状況
次に、他のワークシートと同様に、左端のA列の青い●印のある行に数値を適宜入力します。転がり抵抗係数µですが、文献(*4)に示されたVittoria Corsa CXの7~8.5barでの数値0.0054をデフォルト値として採用しています。
もし、ギヤ効率を94%から変更したい場合には、16行目C列の数値を
≪94≫から適宜変更してください。
なお、18行目のチェンリング歯数などは不要なのですが、将来、前述の伝達効率の式をリファインしたときには使用するので残してあります。
■≪結果グラフ≫の説明 ■上段に4枚、下段に4枚のグラフを示しています。計算結果はこの4枚のグラフです。
上段左端のグラフを下に示します。横軸が走行速度、縦軸が推進力です。31km/hで走るときに必要な推進力は20N程度となります。重力加速度gすなわち9.806で除算すれば約2kgfとなります。
Fig.10-1 ≪速度v.s.推進力≫のグラフ
さて、
chapter10における決まり事として気を付けていただきたいことがあります。それは、ここでいう「推進力」は、後輪のタイヤ接地部が地面を後ろに押す力を、伝達効率94%で除算した値、としているということです。すなわち、実際にタイヤ接地部に発生する推進力よりも100/94倍だけ大きい数値をグラフ化しています。効率が悪ければそれだけ、乗り手は余分に力を発生しなければならないのですが、その分まで加えた結果をグラフ化しています。
シート上段左から2枚目のグラフを次に示します。
Fig.10-2 ≪速度v.s.各抵抗≫のグラフ
4本の線がありますが、それぞれ
黒線 → 先ほどの
≪推進力≫すなわち
≪乗り手の推進力≫と同じ線
青線 →
≪空力抵抗≫黄緑線 →
≪転がり抵抗≫赤線 →
≪登坂抵抗≫を示します。乗り手が担う
≪推進力≫は結局、
≪空力抵抗≫≪転がり抵抗≫≪登坂抵抗≫の総和となっています。ここでは勾配を零としていますので、
≪登坂抵抗≫は零となっています。
上段3枚目のグラフを次に示します。
31km/hで走るときに必要な乗り手の仕事率(出力)は174W程度となっています。60km/hでは1076Wです。
Fig.10-3 ≪速度v.s.乗り手の仕事率≫のグラフ
上段4枚目のグラフを次に示します。
Fig.10-4 ≪速度v.s.各抵抗の仕事率≫のグラフ
4本の線がありますが、それぞれ
黒線 → 先ほどの
≪乗り手の仕事率≫青線 →
≪空力抵抗の仕事率≫黄緑線 →
≪転がり抵抗の仕事率≫赤線 →
≪登坂抵抗の仕事率≫を示します。
≪乗り手の仕事率≫は結局、
≪空力抵抗の仕事率≫≪転がり抵抗の仕事率≫≪登坂抵抗の仕事率≫の総和となっています。ここでは勾配を零としていますので、
≪登坂抵抗の仕事率≫も零となっています。
力[N](ニュートン)では全くピンときませんが、仕事率[W](ワット)はなじみ深いと思います。
以上が上段の4枚ですが、下段の4枚は、単に速度範囲を35km/hまでとして、常用速度域を見やすくしているだけです。
■■ 例題 ■■【例題10】 平地無風での
≪速度v.s.仕事率≫特性を計算する
【解答例10】EXCELファイルを開いて、
≪走行抵抗≫ワークシートを選択します。次に、シート左端のA列の青●印のある行に数値を適宜入力して、結果を確認します。すでにデフォルトの計算結果が示されていますので、自分の数値を入力してみてください。
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【例題11】追い風2.78m/sの場合と、向かい風2.78m/sの場合について、それぞれ計算する
【解答例11】シート左端のA列の青●印のある行に数値を適宜入力します。追い風の場合は、風速のセルに負の数
≪-2.78≫を入力します。向かい風の場合は、正の数
≪2.78≫を入力します。
まず、-2.78m/sの場合の結果を次に示します。追い風-2.78m/sですから、10km/hで走ると、車速が風速と同じ速度になるので、空力抵抗がゼロになります。ただし、ホイールや脚でかき混ぜている空力成分を無視しています。デフォルトの計算結果では、無風時30km/hでの乗り手の仕事は159.8Wでしたが、追い風2.78m/sで89.8Wまで低下します。たった3m/s弱の追い風と侮ってはいけません。今日は調子がイイぜ!という場合には、単に微風が後ろから吹いていることに気づいていないだけなのかも知れませんね。
Fig.10-5 ≪速度v.s.各抵抗≫のグラフ
Fig.10-6 ≪速度v.s.各仕事率≫のグラフ
次に、+2.78m/sの場合の結果を次に示します。向かい風2.78m/sですから、時速30km/hで走るときに、無風時の40km/hで走るときの空気の力を感じることになります。無風時30km/hでの乗り手の仕事は159.8Wでしたが、向かい風2.78m/sで257.9Wまで増大します。35km/h程度の速度域でも、自転車の走行抵抗に空力が占める
割合は、陸上トラック競技の比ではないため、陸上競技よりも遥かに強い影響を受けます。せいぜい2、3m/sのそれほど強くない風でも、単独走行する場合には、風の向きで乗り手は極めて重大な影響を受けることがわかります。同じ走行ルートでも、その日の風向き次第で、全く別次元の難易度のトライアルになってしまうでしょう。
Fig.10-7 ≪速度v.s.各抵抗≫のグラフ
Fig.10-8 ≪速度v.s.各仕事率≫のグラフ
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【例題12】5%登坂の場合と、5%降坂の場合に関して、それぞれ計算する
【解答例12】シート左端のA列の青●印のある行に数値を適宜入力します。勾配のセルには、登坂の場合は正の数
≪5≫、降坂の場合は負の数
≪-5≫を入力します。
まず、+5%登坂の場合の結果を次に示します。設定した乗り手のパワー200Wでの走行速度はせいぜい16km/hです。この速度では登坂に使われる仕事が全体の82%を占めます。
Fig.10-9 ≪速度v.s.各抵抗≫のグラフ
Fig.10-10 ≪速度v.s.各仕事率≫のグラフ
次に、5%降坂の場合の結果を次に示します。乗り手のパワー200Wでの走行速度は53km/h程度となります。この速度で、登坂仕事は-552W程度ですが、これは、乗り手+自転車の全体等価質量(デフォルトでは72kg)が持つ地球の重力場での位置エネルギーが単位時間に減少する量に対応します。自転車はこのパワーを地球からもらい、それに自分の出力200Wを加えて走ることで、速度が53km/hで釣り合う、というわけです。
また、乗り手のパワーがゼロ、すなわち下りの惰性走行で釣り合う速度が44.5km/h付近となっています。ここでさらに、体重を10kgだけ増量すればつり合い速度が2km/hほど増大します。峠で鉛入りのボトルを受け取って下る、という作戦もあり得ます(悪い冗談ですけど)。
では、5%降坂を例えば20km/hで下る場合の乗り手の仕事が-148Wですが、これは一体何を示すのか? そうです。仕事が負ですから制動している、ということです。この-148Wというのは自転車に乗り手が投入するパワーではなく、乗り手が自分の意図で自転車から引き抜くパワーです。つまりブレーキで散逸される熱エネルギーを示します。長い下りでのブレーキの放熱パワーが、これでわかってしまいます。なお、
5%降坂でブレーキ発熱が最大になる下り速度は26km/h付近で、発熱量は-159.6Wとなっています。
乗り手、空力、転がり、登坂の各仕事[W]の関係をじっくりご鑑賞ください。
Fig.10-11 ≪速度v.s.各抵抗≫のグラフ
Fig.10-12 ≪速度v.s.各仕事率≫のグラフ
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≪参考文献≫(*4)
http://ddata.over-blog.com/xxxyyy/0/02/72/10/tubular-specs.html “Tire Rolling Resistance”, ROUES ARTISANALES.COM
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