自転車の走行抵抗について chapter 9(補章1)人が自転車のペダルに力を伝えて走るとき、自転車と乗り手にはどんな抵抗力がかかっているのでしょうか。
chapter1から
chapter8において、各種走行抵抗要素の考え方と計算ツールへの実装方法をほぼ網羅し、完結しました。したがって本章は追加ということになります。この
chapter9(補章1) では、惰性走行を検討するために新たに追加したEXCELワークシートについて説明します。
文と構成 GlennGould
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chapter 9(補章1) ■■■≪惰性走行≫ワークシートの追加 ■■■EXCELシートの各種数値を設定する際に、タイヤの転がり抵抗係数や空力抵抗係数の値は、本当はどの位なのだろうか?という疑問がわきます。後者を明確にすることはそれほど容易ではありませんので、ひとまずそのままにしておくことにして、前者をどうにか類推する方法を考えてみたいと思います。ここでは、惰性走行を検討することでその手がかりをつかんでみましょう。
なお、改定したEXCELシートは
CBN downloads に掲載されています。また、
chapter7と
chapter8とこのchapter9(補章1)が取扱説明書に相当します。なお、EXCELシートの名称は、
” RoadLoadSurveyor_ver.1.2” です。
chapter1から
chapter9(補章1)までの総集編pdfファイルも追って同じ場所に掲載していただく予定です。
■■■ 惰性走行計算の考え方 ■■■例えば、無風状態の完全平たん路を時速10km/hで走行している状況を考えます。ある瞬間にクランクにトルクを加えることをやめると、その瞬間から自転車は減速し始め、ある地点まで到達すると速度が零になり停止します。なぜ減速するかといえば、これまでの議論から明白ですが、
① 転がり抵抗② 空力抵抗が存在するからです。ただし、自転車の減速にはフリーホイールのワンウェイクラッチやハブ軸受の抵抗も寄与しますが、話をわかりやすくするために、これらも転がり抵抗に繰込んで考えてみます。つまり、惰性走行時においては、
転がり抵抗 = タイヤの転がり抵抗+前後ハブ軸受の摺動抵抗+フリーのワンウェイクラッチ抵抗です。
さて、もし
惰性走行で到達できる距離を計算することができれば、道路で実際に計測した惰性走行距離と同じ値を計算結果として与えるような転がり抵抗係数を見出すことができるでしょう。これによって、ハブ軸受抵抗などを含めた形でタイヤの転がり抵抗係数を定義できることになります。
このような発想によって、惰性走行計算の要請が生まれるというわけです。無論、計算するにあたって、空力抵抗係数は既存数値を使いますので、それによる若干のあいまいさは付きまといますが、そこまで精度よく考究するには、金に糸目を付けないならば、直接的には風洞実験設備、机上で高精度に検討するならば空力系の有限要素解析を実施するためのソフトウエアが必要となります。格安で出来る方法がないわけではありませんし、そちらのほうが素人としては楽しいのですが、ひとまずここでは考えないことにします。
■■■ ≪惰性走行≫ワークシートの使い方 ■■■特に説明する必要もないと思います。他のワークシートと同様に、左端のA列の青●印のある行に数値を適宜入力するだけです。惰性走行開始時の初期速度ですが、C列の13行目に設定します。また、転がり抵抗係数µですが、文献(*4)に示されたVittoria Corsa CXの7~8.5barでの数値0.0054をデフォルト値として採用しています。
なお、15行目のチェンリング歯数などは不要なのですが、撤去するのが面倒なので残してあります。また、クランクを回さないのでX列目のギヤ効率は100%に固定しています。
■ ≪結果数値表示部≫の説明 ■21行目以下に赤字で示した計算結果の説明です。
≪到達距離≫惰性走行で停止するまでに走行した距離を示します。C列13行目の初期速度を10km/hとしていますが、この場合の到達距離は62.19mとなりました。
≪停止時間≫惰性走行で停止するまでの時間を示します。デフォルト設定では47.58秒となりました。
≪転がり抵抗≫停止時の転がり抵抗を力ではなく仕事率で表示しています。速度が零ですから、仮に力がどれほど大きかったとしても、仕事率は零[W]となります。表示する必要もないのですが、残しておきました。
≪空力抵抗≫≪登坂抵抗≫≪ギヤ損失≫同様に、それぞれ零[W]です。なお、計算時間は有限の長さ(デフォルトでは200秒)で打ち切っていますので、その時点で停止していない場合は各仕事率は零ではない値となります。
■ ≪結果グラフ≫の説明 ■計算結果をグラフ表示しています。4枚のグラフについて次に説明します。
≪惰性走行到達距離≫初期速度10km/hで惰性走行を開始した場合の走行距離と時間の関係を示します。ある値で一定となりますが、この値が到達距離で、前述のとおり62.19mとなります。
Fig.9-1 ≪惰性走行距離≫のグラフ
≪惰性走行速度≫走行速度と時間の関係を示します。注目していただきたいのは、速度が零に近いところでは、速度低下が直線的になる、ということです。初期速度が10km/hでは全域で直線的に見えますが、初期速度を60km/hといった大きな数値にすれば、低速側ほど直線に近くなるということがはっきりとわかります。ここでは詳細を述べませんが、この性質は重要です。
Fig.9-2 ≪惰性走行速度≫のグラフ
≪加速度≫速度変化率、すなわち加速度を示します。減速しているので、加速度の値は負になります。先ほど、速度変化が低速側で直線に近くなると述べましたが、それはすなわち、加速度が一定になる、ということを意味します。停止直前の加速度は限りなく平坦な線になっています。EXCELでグラフを拡大して確認してみてください。
Fig.9-3 ≪加速度≫のグラフ
≪仕事率≫正数側に空力抵抗[W]と転がり抵抗[W]の線が存在します。正数側に存在するということは、自転車の前進を阻んでいる、ということを示します。一方、この2つの阻止力を合計して符号を負にしたものが質量加速抵抗[W]に一致します。負ですから、減速しています。これは乗り手と自転車が持っている運動エネルギーを少しずつ消費することを示しています。なぜ消費するかといえば、誰かに邪魔されているからなのですが、邪魔しているのが空力抵抗と転がり抵抗です。正負の抵抗は作用・反作用の関係となるので、釣り合っており、全ての総和は零になります。全ての総和は乗り手の出力に相当しますが、乗り手は何もしていないから、零になるというわけです。
Fig.9-4 ≪仕事率≫のグラフ
■ ≪計算実行部≫の説明 ■chapter7のFig.7-2で図示した≪計算実行部≫の説明ですが、今回は実は特に難しいことはやっていません。J列の速度の初期値として、C行13列目の初期速度を採用している、というのが基本です。あとは速度が零に到達した後におかしな動作に陥らないように多少の細工を施しているだけです。
■■ 例題 ■■chapter8に倣い、例題を以下に示します。
【例題8】 平坦路を初速10km/hで惰性走行したところ、ちょうど50mのところで停止した。この場合のハブ軸などを含めた転がり抵抗係数を推定する
【解答例8】・EXCELシート左下の5つのワークシートタブから
≪惰性走行≫タブを選択します
・4行目の
≪ライダー身長≫、5行目の
≪ライダー質量≫、6行目の
≪自転車質量≫に数値を設定します
・7行目の
≪ホイール慣性モーメント≫の数値を設定しますが、わからないときはデフォルト値で大丈夫です
・9行目の
≪タイヤ転がり抵抗係数≫の数値を、とりあえず0.0065にします
・すると21行目の結果
≪到達距離≫が53.07mとなりました
・9行目の
≪タイヤ転がり抵抗係数≫の数値を少し大きくして、0.0075にしてみます
・すると21行目の結果
≪到達距離≫が46.84mとなりました
・EXCELの新しいワークシート上でこれらの結果を次のようにグラフ化します
Fig.9-5 計算結果のグラフ
・横軸が到達距離ですが、50mのところから真上に向かってグラフの直線を参照することで、求めるべき縦軸の転がり抵抗係数が0.007程度であることが判明します
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【例題9】 10%の急下りで惰性走行した時に到達する最高速度を確認し、次に、体重が5kgだけ増大した場合の最高速度を確認する
【解答例9】・これは【例題6】の再掲です。【例題6】ではかなり面倒な手順を踏みましたが、≪惰性走行≫ワークシートを使えば簡単に算出することが可能です(ので詳細は省略します)
■■■ 惰性走行実験の方法 ■■■惰性走行の実験方法について考えます。
■■ 手順 ■■例えば、次の手順で実施します。
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・ド平坦な直線道路を探し当てる
・静止しているときに風向きが全く分からないほどの無風の日を選ぶ
・10数km/hから惰性走行を開始し、10km/hになったタイミングで、サイコン計測をONにする
・停止までなるべくまっすぐ惰性走行を継続する(ハンドルを小刻みに何度も切らない)
・停止したら距離を確認する
・今度は進行方向を逆にして最初から同じことをやる
・以上で往復一回が終了したことになるが、これを3回繰り返す
・これで6個の距離データが得られたが、往路3個と復路3個の平均距離をそれぞれ別々に算出し、この2つの平均値が大きく異なる場合には、
・・・道路がわずかな勾配を持っている
・・・無風ではない
などの原因が考えられるので、ド平坦道路の再探索や無風状態の日を選ぶなどの対策を講じる
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この実験を通して、往路と復路で到達距離がなかなか同程度にならない、すなわち、
ド平坦道路がなかなか身近にないとか、
無風状況になかなか遭遇できない、ということを知ることになります。わずかな勾配や風の影響が意外なほど惰性走行の結果に影響を与えてしまうのですが、実は、この事態は、今回準備した新たなワークシートを使うことでも窺い知ることができます。
というわけで、現実的な方法としては、往路と復路の結果が
0.75<往路到達距離/復路到達距離<1.3を満たしていれば実験は成功と判断し、実験で求めたい到達距離を
到達距離 = ( 往路到達距離 + 復路到達距離 )/2と定義することで手を打ちます。
実際にやってみたところ、想像をはるかに超える難しい実験でした。あなたも是非!トライしてみてください。
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≪参考文献≫(*4)
http://ddata.over-blog.com/xxxyyy/0/02/72/10/tubular-specs.html “Tire Rolling Resistance”, ROUES ARTISANALES.COM
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