自転車の走行抵抗について chapter 6 人が自転車のペダルに力を伝えて走るとき、自転車と乗り手にはどんな抵抗力がかかっているのでしょうか。走行抵抗について考え、最後に各種検討を行う計算シートを作成するシリーズの6 回目。
chapter1では加速抵抗、
chapter2では空力抵抗と転がり抵抗、
chapter3では登坂抵抗とトランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗、走行抵抗の全体式、
chapter4では走行抵抗の式に現れる各種係数の設定方法や、トランスミッションの効率の考え方、ホイールの慣性モーメントの算出などについて、
chapter5では人間の出力特性の設定方法と、ここまで走行抵抗を大きな観点で、しかし詳細に議論してきました。今回はこれまでの成果を計算ツール(EXCEL表計算)に実装する方法について触れてみます。
文と構成 GlennGould
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chapter 6■■■ 計算ツールへの実装方法 ■■■Microsoft EXCELのVisual Basicや、フリーソフトのScilabなど、高級言語によるプログラミング環境が簡単に手に入る時代ですが、特にScilab (*11)はなかなかのスグレモノで、筆者もしばしは利用しています。こんな便利なものが自由に使えるとは、なんだか不思議な世の中になったものです。しかし、CBNの場をお借りしての公開であることを考慮して、多くの人が使っていると思われるEXCELの表計算機能を使って実装してみました。
■■■ 実装する式の準備 ■■■これまでの議論を通して、既に準備はほぼ出来ています。実は、chapter3の式(3-5)と(3-6)がほぼ全てです。しかし、ここで多少、用心深く式を吟味しておきましょう。風向きと路面負荷(すなわち転がり抵抗と登降坂抵抗の和)、乗り手がパワーオンしているか否か、の3つで整理すると、次の表のようになります。
Fig.6-1 走行場面と使用する式の整理
結局、式は4種類が存在します。
式中の各文字の意味を確認しておきます。
F : 自転車を前進させる力・・・単位[N]
η : トランスミッション系の効率・・・単位[単位%]
µ : タイヤ転がり係数・・・単位[1]
θ : 勾配・・・単位[rad]
M2 : 乗り手と自転車の総質量・・・単位[kg]
M1 : M2に前後ホイール慣性モーメント項を加えた質量・・・単位[kg]
ρ : 空気の密度・・・単位[kg/m^3]
Cd : 空力抵抗係数・・・単位 [1]
A : 前面投影面積・・・単位[m^2]
v : 走行速度・・・単位[m/s]
vwind : 風速・・・単位[m/s]
上記に注意して、Fig.6-1の式をもう少しわかりやすく整理すると、次のようになります。
◇◇速度+風>0 つまり乗り手から見て向かい風の場合◇◇ (6-1-1),(6-1-2)
◇◇速度+風<0 つまり乗り手から見て追い風の場合(マンパワーONの時) ◇◇ (6-2-1),(6-2-2)
◇◇速度+風<0 つまり乗り手から見て追い風の場合(マンパワーOFFの時) ◇◇ (6-3-1),(6-3-2)
式(6-2-)と(6-3-)は人間のパワーがONかOFFかの違いだけなので、同じものであり、結局、式は2つだけと考えても良いでしょう。これだけ!です。
それぞれの場合で、1行目の式を変形して得られた2行目の式をEXCELの計算シートに淡々と移植します。式(6-1-2)について、具体的に説明してみます。
(6-1-2)
微分の式になっています。質量の運動を式で記述すると微分演算が出てくるというのは、まず避けられません。基本的にはchapter1のFig.1-2(随分前に遡って恐縮ですが)で説明した手順をこの式にも適用して、時間で逐次積分することで、速度や距離を計算していきます。
しかし、その前に多少の準備が必要となります。
まず、N1とN2をチェンリングとスプロケの歯数、Rをタイヤ半径、クランク軸トルクをTcとすると、 式(6-1-2)にあるFという力は、
(6-4)
です。 「 Fとは何ぞや?」 という素朴な疑問を放置したままここまで来てしまいましたが、これで、リアタイヤが地面を後方に押しやる力(というか乗り手が発生した自転車の推進力)Fと、クランク軸トルクTcがつながりました。このTcは、乗り手の
≪トルク-ケイデンス特性≫を定義しておくことで得ることが出来ますが、この
≪トルク-ケイデンス特性≫の定義についてはchapter5で詳述したとおりです。
次に式(6-1-2)でηはトランスミッション効率ですが、chapter4の式(f)に示す通り、ケイデンス、トルク、チェンリング歯数、スプロケ歯数の関数であり、
(f)…再掲
結局、効率はクランクケイデンス、クランクトルク、チェンホイール歯数、スプロケ歯数の関数であり、
(6-5)
です。さらに、式(6-1-2)の質量M1は、chapter4の(4-6)式から、前後ホイールの慣性モーメント和をJ、タイヤ半径をRとすると、
(6-6)
です。また、式(6-1-2)の前面投影面積Aと空力抵抗係数Cdは、例えばロードの場合ならばchapter4の(4-2),(4-3)式を使い、
(4-2),(4-3)
とします。
以上の式を使って式(6-1-2)の全貌を完成させ、EXCELに実装します。同様に、式(6-2-2)と式(6-3-2)も完成させ、EXCELに実装します。3つの式は
≪速度+風≫の正負符号と
≪マンパワー≫のON/OFFに応じて切り替えて使用しますが、その判断論理式も同時に実装します。結構面倒ではあります。EXCELの表計算で全て済ませるのは大変です。
■■■ 作成するEXCELシートの種類と式の実装 ■■■作成するEXCELシートは、以下の4種類です。
①1000m T.T. ②定速走行③定パワー走行④ヒルクライムEXCELシートの左下隅にFig.6-2のように4つのタブが表示され、ここから選択して利用するというイメージで作成します。
Fig.6-2 作成するEXCELワークシートのタブのイメージ
実装する式は、いずれにしても式(6-1-2),(6-2-2),(6-3-2)ですが、それぞれのワークシートで次のような操作が追加されています。
①1000m T.T. → 式(4-12)で示す
≪トルク-ケイデンス特性≫を組み込む
②定速走行 → 風速や勾配などにかかわらず速度が一定になるような
制御器を追加する
③定パワー走行 → 風速や勾配などにかかわらずパワーが一定になるような
制御器を追加する
④ヒルクライム →
≪定速走行≫と同じ
上記の②と➂の制御器はいずれも、ごく素朴な比例+積分型の制御器です。
制御器の説明です。例えば、
≪定速走行≫では、走行速度が目標速度に一致するようにクランク軸トルクを制御しています。実走行時に、サイコンの速度表示と同じ速度になるように脚力加減を調整した経験を持つ方もおられると思いますが、それと同じことを計算上で行います。一方、
≪定パワー走行≫では、クランク軸パワーが目標パワーに一致するようにクランク軸トルクを制御しています。これはSRMやパワータップのようなパワー計測器の数値をチラ見しながら一定パワーで走行する状況と同じようなものです。いずれにしても実走時は前方注意!
ところで、この、比例+積分型の制御器というのは、もしかしたら、電動デュラやEPSの変速動作を司る4bitマイコン(8bitかも?)のプログラムにも書かれているかも知れません。そして、リア変速の時には、微妙にガイドプーリーの位置が目的のスプロケを一瞬、オーバーシュートしてから目的位置に収まる動作になるようにモータに印加する電圧を制御する制御利得がチューニングされているかも知れません。(→ 妄想)
※この特集はchapter8まで8週連続で掲載の
予定です
※次回chapter7では、実際に製作したEXCEL計算シートを公開し、説明します
(Powered by CBN電子情報学院栗山村校、守衛のおじさん)
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≪参考文献≫(*11)
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