自転車の走行抵抗について chapter 5 人が自転車のペダルに力を伝えて走るとき、自転車と乗り手にはどんな抵抗力がかかっているのでしょうか。走行抵抗について考え、最後に各種検討を行う計算シートを作成するシリーズの5 回目。
chapter1では加速抵抗、
chapter2では空力抵抗と転がり抵抗、
chapter3では登坂抵抗とトランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗、走行抵抗の全体式、
chapter4では走行抵抗の式に現れる各種係数の設定方法や、トランスミッションの効率の考え方、ホイールの慣性モーメントの算出などについて考えましたが、今回はトラック・タイムトライアルなどで考慮すべき人間の駆動力特性の設定方法について考えてみます。
文と構成 GlennGould
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chapter 5■■■ 人間の出力特性の設定 ■■■人間の出力特性の設定に関して考えます。
今世紀最高の一般向け自転車科学本として知られ、未来を切り拓く少年少女たち必携の一冊とも言われる、ふじいのりあき氏の名著、
スキージャーナル社 「ロードバイクの科学」に、ふじい氏自身の出力特性の計測事例が載っています。この本のp47のコラム「最大トルク曲線の求め方」の図23です。著者自身の
≪トルク‐ケイデンス特性≫によれば、クランク軸トルクとクランクケイデンスの関係は、一次関数で近似され、ごく低回転でのトルクが140Nm、トルクが零になる最高回転数が233rpmとなっています。実際に計測される最高回転数は200rpmですが、この高回転でしっかりと20Nmのトルクを発生しています。次の図は、直線近似したふじい氏のトルク-ケイデンス特性です。便宜上、速度零(トルク最大)からトルク零(速度最大)までの直線で示しました。
Fig.5-1 ふじいのりあき氏のトルク-ケイデンス特性
高回転側の伸びが特徴的です。低回転側では筋力がそのままペダルへ伝達されますが、高回転側では、左右の脚の質量の慣性力によるあばれを巧みに抑え込む技量が要求されるため、ペダリングの難しさは回転数の上昇とともに容赦なく上昇します。ふじい氏は前後ブレーキ付きのピストバイクで日々通勤している、という噂話を最近耳にしたのですが、この高回転特性を見ると、なるほど、という感じです。
ところで、出力Pはトルクと回転角速度の積で表され、
(5-1)
ここでケイデンスをNcとすると(5-1)式のωは、
(5-2)
です。したがって、ふじい氏の出力特性(赤線)を、トルク特性(青線)と共に示すと、下図のようになります。最大出力は117[rpm]で得られ、855[W]です。
Fig.5-2 ふじいのりあき氏のトルク、出力-ケイデンス特性
また、トラックエリートたちのトルク特性は文献(*8)が非常に参考になります。この論文ではトラックエリートの出力特性が示されています。身長180cm前後、体重86kg前後の豪州エリート・トラック選手7名による短時間最大トルクと回転数の関係に関する実験結果です。ラボの台上試験と、バンクでの実走試験が行われていますが、実走試験の平均値は、最大トルクが266Nm、最大出力が1792Wと凄まじい数値です。最大出力を示す回転数の平均値が129rpm、トルクとケイデンスを直線近似した時の傾きは-1.035(ふじい氏は-0.600)、つまり直線近似すると、
(5-3)
であり、ゼロトルクとなる回転数はNc = 257.0rpmとなります。ただし、この特性は4秒間ですべてを出し切った場合のいわば
≪4秒最大定格≫の値です。この論文中のFig.1の黒いデータがフィールドデータで4秒定格、ちょっと判別しにくいですが、グレーが台上データで、7秒定格の場合です。
Fig.5-3 豪州トラックエリートのトルク-ケイデンス特性(文献(*8)のFig.1を引用)
一方、次の図はパワーレンジの確認試験です。125rpm前後を中心とした対称形のパワー特性ですが、驚くのは200rpmでしっかり1200Wを出力してしまうところです。大型選手ほど高回転でのペダリングが難しくなるような気がしますが、全く意に介さず、という全く凄まじい高回転特性です。トップエリートたちの卓越したレベルというのは、こういうことなんですね。
Fig.5-4 豪州トラックエリートのパワーレンジ(文献(*8)のFig.2を引用)
いずれにしても、
≪トルク-ケイデンス特性≫を一次関数で近似するという手法は、計算ツールに実装する場合に、大変便利な考え方です。それにしてもこの特性、身近に転がっているマブチモータのようなDCモータを乾電池などの一定電圧で駆動した時に得られる特性にソックリです。
■■■ 人間の≪トルク-ケイデンス特性≫の時間劣化特性の設定 ■■■Fig.5-1のように、乗り手の
≪トルク-ケイデンス特性≫を定義し、この特性にしたがって1000mタイムトライアルのスタートを切ったとします。時刻 t におけるケイデンスをNc(t)とし、このときのクランク軸トルクをTc(t)すれば、Fig.5-1の直線は
(5-4)
と表されます。限界トルクTc-maxと限界ケイデンスNc-maxを使えば、
(5-5)
です。
さて、例えば1000mタイムトライアルにおいて、スタート時からゴールまで式(5-5)のように出力特性の最大ラインをトレースすることは、非現実的でしょう。この最大ラインは言わば、
≪ほんの数秒間だけ維持できる最大定格≫のようなものだからです。スタートした後は時間と共に、限界トルク、限界ケイデンスともに低下すると考えるのが自然です。
以上のような事情から、時間劣化特性を設定するのが妥当です。時間劣化特性を設定することで、1000mタイムトライアル後半での速度低下を表現することを狙ってみます。この場合、どのような速度低下特性を狙うか、ですが、(*9)(*10)のwebサイトが参考になります。文献(*10)は理論検討ではありますが、この論文のFig.3が参考になるので次に引用しておきます。スタートから400m付近までは加速しますが、その後、減速に転じています。
Fig.5-5 論文(*10)のFig.3を引用
さて、次回の
chapter 6において作成する計算ツールでは、1000mタイムトライアルのような場面で、時刻 t における限界トルクの劣化と限界ケイデンスの劣化を次のように定義し、適宜係数を調整して使用することにしました。
(5-6)
上の式で、eは自然対数、ηは限界トルクの減衰定数、ρは限界ケイデンスの減衰定数であり、時間とともに限界トルクと限界ケイデンスが減少していく様子を表現します。次にηとρの定義ですが、次のようにしました。
(5-7)
(5-8)
式(5-7)でτは、限界トルク減衰量設定時刻、xは減衰後のトルク残存量(%)、また式(5-8)でσは限界ケイデンス減衰量設定時刻、yが減衰後のケイデンス残存量(%)です。このηとρを式(5-6)に適用すれば、限界トルクと限界ケイデンスが時刻tによって変化し、乗り手の
≪トルク-ケイデンス特性≫が徐々に劣化していく様子を定義することが可能となります。
例えば、式(5-6)に従って限界トルクTc-maxが60秒後に初期値の70%まで減衰し、限界ケイデンスNc-maxが60秒後に初期値の80%まで減衰するように設定すると、乗り手が発揮できる
≪トルク-ケイデンス特性≫の直線は時間とともに次のようにグラフ原点に向かってジワジワと推移(というか劣化)し、最大出力も着々と低下していきます。
Fig.5-6 ≪トルク-ケイデンス特性≫の時間劣化設定事例
式(5-6),(5-7),(5-8)の導入はあくまでも仮定の話ですが、式中のパラメータをうまく設定することで実際の選手の個々の特性をかなり忠実に表現できるのではないかと思います。指導者の先生方、如何でしょうか。
■■■ 軸受のフリクションについて ■■■chapter1で、軸受部の損失は無視すると述べました。しかし、考慮することは可能です。各軸受のフリクションは様々なくふうで計測することが可能だと思いますが、例えば、ホイール軸フリクションの計測に関しては、CBNに次のようなレビューが存在します。ちょっと面倒ですが、ご参考まで。
★CBNレビュー≪ホイール軸フリクションの計測方法≫導出したホイール軸フリクションをホイール軸上に配置して、chapter 3の式(3-5)、(3-6)に加えればよいでしょう。
※この特集はchapter8まで8週連続で掲載の
予定です (Powered by CBN電子情報学院栗山村校、守衛のおじさん)
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≪参考文献≫(*8)
http://upupup.aboc.com.au/the-book/appendix-3-resources-and-research-papers/maximal-torque-and-power-pedaling-rate-relationships-for-elite-sprint-cyclists-1/view“Maximal torque-and power-pedaling rate relationships for elite sprint cyclists in laboratory and field tests”, A. Scott Gardner, James C. Martin, David T. Martin, Martin Barras, David G. Jenkins, Eur J Appl Physiol (2007) 101:287–292
(*9)
http://www.cyclingpowerlab.com/...連続出力と、それが維持可能が時間の関係は、エリートの場合1分連続可能パワーに対して1時間連続可能パワーは53%であり、非レーサーの1時間連続可能パワーは35%程度です。エリートは長時間にわたってヘタレが少ない高出力走行を維持する能力があるということです。
(*10)
http://dare2.ubvu.vu.nl/bitstream/handle/1871/28865/116702.pdf?sequence=1“Determination of optimal pacing strategy in track cycling with an energy flow model.” Jos J. de Koning I, Maarten F. Bobbert 1 and Carl Foster 2,1 lFKB, Faculty of Human Movement Sciences,Vrije Universiteit Amsterdam, The Netherlands, 2 Department of Exercise and Sport Sciences,University of Wisconsin--La Crosse, USA,Journal of Science and Medicine in Sport 2 (3}: 266-277.
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