自転車の走行抵抗について chapter 4 人が自転車のペダルに力を伝えて走るとき、自転車と乗り手にはどんな抵抗力がかかっているのでしょうか。走行抵抗について考え、最後に各種検討を行う計算シートを作成するシリーズの4 回目。
chapter1では加速抵抗、
chapter2では空力抵抗と転がり抵抗、
chapter3では登坂抵抗とトランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗、走行抵抗の全体式について考えましたが、今回は走行抵抗の式に現れる各種係数の設定方法や、トランスミッションの効率の考え方、ホイールの慣性モーメントの算出などについて考えてみます。
文と構成 GlennGould
** * * ** ** *** * * ** **** ** * ** * * ** * *** ** *** * * ** *** * ** *** * * ** **** * * * ** *
chapter 4■■■ 空力抵抗係数Cdと前面投影面積Aの具体的設定 ■■■空力抵抗係数Cdと前面投影面積Aの設定について述べます。
人間の身体のこの種の問題に対しては、どうやら非常に古い文献がしばしば引用されるようです(*5)。そして、この文献(*5)をもとにCdとAを導出している、大変よく整備されたwebサイト(*6)がありますので、そこで示される式を引用することにします。
そのwebサイトとは自転車の走行パワーを考えるヴァーチャル研究所 “Cycling Power Lab” です。このサイトに文献(*5)を基にした前面投影面積Aと体重、身長の関係式が示されています。これによると、TT用ではないロードバイクの場合、身長をH(単位は[m])、体重をM(単位は[kg])とした場合、
(4-1)
としています。自転車自体の影響を固定費として計上し0.1647、これに乗り手の影響を加えた形をとっています。乗り手の項に関してですが、体重の影響は、素人考えで類推して1/2乗で効くことにしてしまおうかと思うところなのですが、この式では0.425乗、身長も1/2乗ではなく0.725乗となっています。先人の研究成果を反映したもの、ということなのですね。なお、Cdはロードバイクの場合が0.88、トラックレーサーの場合は0.70を採用しています。まずはこのサイトの数値を信頼することにします。
すなわち“Cycling Power Lab” のサイト(*6)から、
☆☆ ロード自転車の場合に採用する式 ☆☆ (4-2)
(4-3)
☆☆ トラック競技の場合に採用する式 ☆☆ (4-4)
(4-5)
を採用します。
また、同じく“Cycling Power Lab” のサイトにはアワーレコードに挑戦した歴代の名選手たちのCd×A値が載っていますが、調べたところ、これは文献(*7) “Scientific approach to the 1-h cycling world record: a case study”, Sabino Padilla, Iñigo Mujika, Francisco Angulo and Juan Jose Goiriena, J Appl Physiol 89:1522-1527, 2000.からの引用でした。この文献のTable2のCxがCd×Aに相当します。これによると、
Mercx 1972 (Road bike, Std. Helmet, Drops)----0.2618Moser 1984 (TT bike ex. Aero bars)--------------0.2481Obree 1994 (Obree position)----------------------0.1720 Indurain 1994 (TT Bike, TT Helmet, Aero bars)-0.2441 Rominger 1994 (Superman position)-------------0.1932 Boardman 1996 (Superman position)-------------0.1838となっています。独自の乗車スタイルがあまりにも印象的なG.オブリーや、彼の乗車スタイルに続いたT.ロミンゲルやC.ボードマンの数値が特に小さいということがわかります。
■■■ 転がり抵抗係数の設定 ■■■次に転がり抵抗係数µですが、参考までに文献(*4)の表を次に引用します。例えばこういった文献を参考にして決定するしかないのですが、路面性状の影響も大きく受けるので、少々悩ましいところではあります。また、タイヤコンパウンドの往復変形に伴うヒステリシス損失が転がり抵抗の原因である以上、転がり抵抗係数が速度に依存して大きくなることは容易に想像されますが、面倒なので本論では無視します。いずれにしても、通常の良路であれば転がり抵抗係数は0.005~0.01程度のようです。もし測定結果が手元にある場合は、その値を使ってもよいでしょう。
Fig.4-1 タイヤの転がり抵抗事例・・・文献(*4)から再構成して引用
■■■ トランスミッション効率の設定 ■■■次に、トランスミッション効率ηの設定です。
チェンリングからチェン、スプロケに係る損失を扱った文献としては、文献(*3)を挙げることが出来ます。詳しくは、この文献の内容を検討した次のレビューを参照していただきたいのですが、このレビューで新たに作成した式(f)をチェン~スプロケ系の伝達効率として使用します。
★CBNレビュー≪[論文] Effects of Frictional Loss on Bicycle Chain Drive Efficiency≫ (f)…上記レビューから引用
ただしPcはクランク軸への投入パワー[W]、Tcはクランク軸トルク[Nm]、N1とN2はチェンリングとスプロケの歯数、Ncはクランク軸の回転速度[rpm]です。なお、この式はあくまでも、クランクトルクをある程度加えながら走行する場面を想定した場合に適用できる式です。例えば、下りの場面で非常に小さいクランクトルクでごく軽く流すような走行をする場合には、効率がとんでもない値をとる場合があるので、取扱いに注意が必要です。
■■■ 加減速時の等価質量M1 ■■■次は、加減速時の等価質量M1に関して、です。
加減速時にはホイールなど、回転部の慣性モーメントが等価的に質量として付加されます。一方、同じく回転系のクランクやペダルもケイデンスで回転するので慣性モーメントによる等価質量の増大に寄与しますが、ホイールと比べるとインパクトが小さいので、こちらは無視しても構わないでしょう。また、実は乗り手の脚部もケイデンスに同期して往復運動しており、ここでも慣性モーメントによる影響が発生します。脚部の質量の大きさを考えれば無視するのはどうか、というレベルでしょうが、便宜上、本論で扱うM1における加減速時の等価質量増大分は、あくまでも自転車側に限定するものとします。
というわけで、自転車と乗り手の合計質量をM2 、前後ホイールの慣性モーメントの合計をJ 、ホイールの実効半径をRとする場合、等価質量M1は次の式で表すことが出来ます。なお、この式の導出方法は省略します。
(4-6)
■■■ ホイールの慣性モーメントの測定 ■■■加減速時の等価質量M2の式が前述のように与えられましたが、今度はホイールの慣性モーメントが不明です。しかし、ホイール慣性モーメントの計測方法を解説したレビューがCBNに存在します。以下の2レビューが存在するのですが、お薦めは2番目のレビューです。ただし、これらのレビューでは(4-6)とは異なり、片輪の慣性モーメントをJとしていることに注意してください。
★CBNレビュー≪ホイールの慣性モーメント測定≫★CBNレビュー≪ホイールの慣性モーメント測定(2)≫上のレビューでは、前輪の慣性モーメントの値として概略0.083[kgm^2]を算出しています。前後2輪の場合は2倍でおよそ0.166ですが、式(4-6)で、ホイールの実効半径を0.334[m]とすると、前後ホイールの慣性モーメントに起因する等価質量増大分は0.166/0.334^2で与えられ、1.49[kg]となります。加速抵抗の計算では、この等価質量増大分も考慮することになります。
※この特集はchapter8まで8週連続で掲載の
予定です (Powered by CBN電子情報学院栗山村校、守衛のおじさん)
** * * ** ** *** * * ** **** ** * ** * * ** * *** ** *** * * ** *** * ** *** * * ** **** * * * ** *
≪参考文献≫(*3)
http://www.g-cog.com/VBMX/spicer.pdf “Effects of Frictional Loss on Bicycle Chain Drive Efficiency”, James B. Spicer, Associate Professor, Member of American Society of Mechanical Engineers, Christopher J. K., Richardson Michael J. Ehrlich, Johanna R. Bernstein; The Johns Hopkins University, Masahiko Fukuda, Masao Terada; Shimano Inc. Product Engineering Division, Journal of Mechanical Design DECEMBER 2001, Vol. 123, p.602-603
(*4)
http://ddata.over-blog.com/xxxyyy/0/02/72/10/tubular-specs.html“Tire Rolling Resistance”, ROUES ARTISANALES.COM
(*5) Du Bois D and Du Bois EF. Clinical calorimeter: a formula to estimate the approximate surface area if height and weight be known. Arch Intern Med 17: 863–871, 1916.
(*6)
http://www.cyclingpowerlab.com/CyclingAerodynamics.aspx(*7)
http://jap.physiology.org/content/89/4/1522.full.pdf+html“Scientific approach to the 1-h cycling world record: a case study”, Sabino Padilla, Iñigo Mujika, Francisco Angulo and Juan Jose Goiriena, J Appl Physiol 89:1522-1527, 2000.
◀ chap. 1 | chap. 2 | chap. 3 | chap. 4 | chap. 5 | chap. 6 | chap. 7 | chap. 8 | chap. 9 | chap. 10 ▶