自転車の走行抵抗について chapter 3 人が自転車のペダルに力を伝えて走るとき、自転車と乗り手にはどんな抵抗力がかかっているのでしょうか。走行抵抗について考え、最後に各種検討を行う計算シートを作成するシリーズの3回目。
chapter1では加速抵抗、
chapter2では空力抵抗と転がり抵抗について考えてみましたが、今回は登坂抵抗と、トランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗について考え、最後に走行抵抗を記述する式の全体像を示します。
文と構成 GlennGould
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chapter 3■■■ 登坂抵抗とはなにか ■■■次は5つの走行抵抗の4番目、登坂抵抗です。
登坂抵抗は
≪勾配を有する路面において標高を稼ぐ行為を阻止しようとする向きに働く力≫で、地球の重力場により生じる力です。
ところで、道路勾配の定義ですが、例えば水平方向に100[m]だけ進んだときに、K[m]だけ標高が上ったとするとき、勾配がK[%]と定義されます。すなわち100×tanθです。しかし、実際に走行する距離はもちろん、直角三角形の底辺の100ではなく斜辺
(3-1)
です。勾配の定義が、進んだ道のり、つまり式(3-1)に対する上った高さの比、すなわちsinθ かと思ったらそうではないというのは、ちょっと不思議な話であるような気がしなくもないですが、10%程度までなら、どちらで考えても大差はありません。ちなみに10%の場合、sinθは0.1736482、tanθは0.1763270で、実用上、似たようなもので、この差で困る人はそれほど多くないでしょう。
Fig.3-1 K%の勾配
実は、勾配をtanθで定義する理由というのはちゃんと存在します。後々(とは言ってもいつのことかは分かりませんが)なにかと便利なのですが、説明は省略します。
さて、坂にとどまる自転車と乗り手には次の図で、真下に向かって黒い力(重力)が加わっています。この力は、勾配面に垂直な力 (濃い青) と平行な力 (緑)に分解して、直交するふたつの力として考えることもできます。 勾配面に平行な力(緑)は、登坂を阻止する力として作用しますが、これが登坂抵抗で、
(3-2)
です。
さらに、坂を上ろうとすると、タイヤに転がり抵抗が作用しますが、濃い青色の成分の抗力である薄い青色の力に転がり抵抗係数µを掛けたものが、登坂時の転がり抵抗であり、赤矢印で表したものになります。chapter2の式(2-6)で示したものです。
(2-6)
乗り手は、赤矢印と緑矢印を足し合わせた合計以上の力を少なくとも発揮しないと、坂を上ることが出来ないことになります。
Fig.3-2 勾配と登坂抵抗
ここでM2はホイール慣性モーメントの影響を含まない通常の質量であることに注意してください。自転車そのものを軽量化したり、乗り手が軽くなれば、登坂抵抗はそれだけ小さくなります。当たり前ですが。
ところで、坂を上るときは式(3-2)ですが、下るときはどうなるのでしょうか。
下りということは、登坂ではなく降坂であり、その場合の角度θは正数ではなく負数となります。したがって式(3-2)で示す力も負の数、すなわち走行を手助けする向きに働くことになります。当然と言えば当然ですが、下り坂で加速する理由は、これです。
≪地球が仕事をしてくれる≫ということです。というわけで、坂を登るときも下るときも、式(3-2)をそのまま使います。
■■■ トランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗とは何か ■■■次は5つの走行抵抗の5番目、トランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗です。
ところで、これまでに次の①②③④の抵抗力の正体が判明しました。力Fに添え字を適当に加えて列記すると、
①加速抵抗 Finertia
②空気抵抗 Fair
③転がり抵抗 Ftire
④登坂抵抗 Fgravity
です。これらの和は、
(3-3)
です。ところが、自転車のトランスミッション系には動力伝達効率ηが存在し、加えた仕事のうちのいくらかは、損失となってしまうでしょう。ηは例えば0.97 ( = 97% ) などの値をとります。このような場合、乗り手が自転車に加えなければならない力はFallではなく、Friderであるとするならば、
(3-4)
となります。乗り手が自転車に加えた全体の力Frider のうちηの割合だけが伝達され、1-ηの割合が損失になるというわけです。実際にはどうやらηは定数ではなく、クランクケイデンスや、チェンテンションなどの関数となっているようです(*3)。詳しくは、この文献(*3)の内容に関して検討した次のレビューを参照してください。ちょっと面倒ですがご容赦を。
★CBNレビュー≪[論文] Effects of Frictional Loss on Bicycle Chain Drive Efficiency≫■■■ 走行抵抗の全体式 ■■■これまで述べてきた5つの抵抗
①加速抵抗
②空気抵抗
③転がり抵抗
④登坂抵抗
⑤トランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗
をまとめると、次の式(3-5)、(3-6)のようになります。
(3-5)
(3-6)
式(3-6)の左辺Friderは、乗り手が発揮している推進力です。これにトランスミッション系の効率ηを掛けて自転車に伝達される推進力Fallにります。そして、このFallと釣り合う抵抗の内訳が、式(3-5)の右辺です。この2つの式が走行抵抗の中核をなします。
次に、自転車の乗り手がクランク軸に与える出力[W]は、次のようにFriderと速度vの積で与えらます。
(3-7)
これが各抵抗での消費パワー[W]に配賦されます。(3-5)式から自明ですが、整理するとそれぞれ次のようになります。
①加速抵抗による消費パワー
(3-8)
②空力抵抗による消費パワー
(3-9)
③転がり抵抗による消費パワー
(3-10)
④登坂抵抗による消費パワー
(3-11)
ところで、以上の走行抵抗式の中で未知の係数がいくつか存在しています。
空力抵抗係数 Cd
前面投影面積 A
転がり抵抗係数 µ
トランスミッション効率 η
加減速時の等価質量M2
です。
chapter 4と
chapter5で、これらの設定に関して詳しく考えることにしましょう。
※この特集はchapter8まで8週連続で掲載の
予定です (Powered by CBN電子情報学院栗山村校、守衛のおじさん)
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≪参考文献≫ (*3)
http://www.g-cog.com/VBMX/spicer.pdf “Effects of Frictional Loss on Bicycle Chain Drive Efficiency”, James B. Spicer, Associate Professor, Member of American Society of Mechanical Engineers, Christopher J. K., Richardson Michael J. Ehrlich, Johanna R. Bernstein; The Johns Hopkins University, Masahiko Fukuda, Masao Terada; Shimano Inc. Product Engineering Division, Journal of Mechanical Design DECEMBER 2001, Vol. 123, p.602-603
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