自転車の走行抵抗について chapter 1 人が自転車のペダルに力を伝えて走るとき、自転車と乗り手にはどんな抵抗力がかかっているのでしょうか。走る速度が速ければ速いほど空気抵抗が増大することは誰もが体験的に知っていますが、他に、タイヤの接地面にかかる抵抗とか、登り坂の抵抗もあります。そして加速するときには、一定速度で走る場合よりも大きな力が必要だということも経験的に知っていますが、これはなぜでしょう。また、下り坂を惰性で走ったら、一体どのくらいの速度に到達するのでしょうか。その時の走行抵抗は、どのように考えればよいのでしょうか。これらについて考え、最後に各種検討を行う計算シートを作成してみます。
文と構成 GlennGould
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chapter 1 ■■■ 走行抵抗とは何か ■■■走るときに乗り手が感じる抵抗、すなわち走行抵抗は、いくつかの異なる種類の抵抗で構成されています(*1)。これらは例えば、
①加速抵抗
②空気抵抗
③転がり抵抗
④登坂抵抗
⑤トランスミッション系の伝達損失に伴う抵抗
の5つに分けて考えることが出来るでしょう。
自転車各部の回転抵抗(ハブ軸受やペダル軸受、ボトムブラケット軸受など)は、⑤のトランスミッション系すなわちチェン+ギヤ系の伝達損失に伴う抵抗と比較して、その値が十分小さいと考えられるので、今回の検討では無視します(*2)。一方、⑤については、伝達効率を定義して扱います。例えば伝達効率が97%の場合、一生懸命走っても、軽く走っても、その時に自分が出している力のうち、3%が損失として消費されます。なお、自転車のトランスミッション系の伝達効率の実測値は諸々あり、一概には言えないのですが、無視できない大きさのようです。
■■■ 加速抵抗とはなにか ■■■5つの走行抵抗を先ほど示しましたが、まず、加速抵抗に関して考えてみます。
■■ その前に脱線 ■■ 無重力空間にぽっかりと静止している質量Mに対して次の図のように力Fを加えると、動き出してだんだん速度が大きくなります。
Fig.1-1 力Fで質量Mを加速させる
速度が時間とともに徐々に大きくなる割合とは、すなわち加速度であり、式(1-1)でaがそれに相当します。
(1-1)
一定の力Fを加えて距離xだけ動かすことが出来たとすると、この時にMに加えられた仕事Eは、
(1-2)
です。力の単位は[N]であり、距離の単位は[m]ですから、仕事の単位は[Nm]となります。偶然にも(偶然でもないですが)、仕事の単位はトルクと同じ単位となります。なお、[N]はニュートンと読みます。
仕事Eは、ある時間の長さtだけ力Fを加えた結果であるとします。このEを時間tで割ることで単位時間当たりの仕事の平均値が算出され、
(1-3)
となります。これを仕事率といいます。単位は[W]です。出力とかパワーという言葉がありますが、大抵の場合、それは仕事率のことを指します。「ファビアン・カンチェラーラが最大出力1000[W]でアタックを仕掛け、瞬く間に後続を引き離した」、などという使い方をする、アレです。式(1-3)では、時間がtでしたが、非常に短い時間Δtの間に非常に小さい仕事ΔEを使って非常に小さい距離Δxだけ進んだ、という場合にもこの式を使うことが出来ます。
すなわち、仕事率Pと仕事ΔEと時間Δtの関係は、
(1-4)
と書くことができます。一方、式(1-2)は、
(1-5)
と書き直すことが出来るでしょう。これを(1-4)に代入して、
(1-6)
これは
(1-7)
でも同じです。この式のΔx/Δtというのは、距離を時間で割っていますから、速度です。速度をvとすると、
(1-8)
何をチマチマと面倒なことをしているのか、という印象を拭えませんが、この身近な応用例が、いわゆるサイコンです。自転車のホイールが一回転するたびに磁気センサでパルスを発生してコンピュータに送り、一回前のパルスと今回のパルスの時間間隔Δtをコンピュータ内部の高速カウンタで計測し、一方、ホイール一回転で進む距離Δxはあらかじめユーザが設定したタイヤ実効周長を使います。というわけで、サイコンは、これらΔtとΔxを使って、現在の走行速度を計算しています。したがって、速度vも距離xも、時間tの関数ということになり、
(1-9)
などと書くこともできます。この式は、
(1-10)
と書き換えることが出来ますが、コンピュータ内部で判明するタイヤ一回転ごとの速度v(t)と、一回転に要する短い時間Δtの積すなわち、ΔvΔtを、走行した時間すべてにわたって足し合わせれば、その走行時間での走行距離xとなります。
「全部足し合わせる」というのをΣという記号で表し、
(1-11)
などと書くこともあります。
サイコンは何とまあ、面倒な計算をやっているのか!・・・というわけではなく、実際のサイコンでの走行距離の算出では、こんなことはやっていません。磁気センサから送られてくる回転パルスの個数を数えて、これにタイヤ実効周長を掛け算して、100m毎とか10m毎など、きりのよい走行距離を淡々と表示しているだけです。(多分)
ところで、Δtが微小時間だとは言っても、ものすごく小さい時間である必要はありません。自転車の速度変化の激しさを表現するために瞬間速度を計算するならば、Δtは、せいぜい、0.1秒といった短さであれば事足ります。話は少々飛躍しますが、そんなケチなことを言わずに、このΔtを、「零ではないけど、極限まで小さい数」として考える場合、Δtのことをdtなどと書きます。同じように、距離Δxはdxです。すると、式(1-9)は、
(1-12)
または、
(1-13)
となります。このd/dtという計算のことを、学校の数学の先生は「時間による微分」などと言います。式(1-13)は、「距離xを微分すると、速度vになる」ということを言っているのですが、これは、
~~~ 距離xが刻々と時間で変化する割合が速度v ~~~という当たり前のことを体裁よく式にしただけです。
加速度aも同じように類推できます。
~~~ 速度vが刻々と時間で変化する割合が加速度a ~~~つまり、
(1-14)
また、式(1-11)からの類推で、
(1-15)
~~~ 加速度aに時間Δtを掛けてから逐次足していくと速度になる ~~~
です。この微小量Δを極限まで小さくしたときの計算を、積分計算といいます。その場合、式(1-15)は、
(1-16)
となります。ここでa(t)の(t)は省略してaと記しています。何やらS字が引き延ばされたダラシナイ記号は「積分記号」と称しますが、ただの約束事に過ぎません。いずれにしても天下りの説明で申し訳ありません。脱線終了。
■■ 本論へ復帰 ■■実は、単刀直入に言うと、ある瞬間の力Fとある瞬間の速度vの積Fvが、その瞬間の仕事率です。Fvの単位を見ると[N][m/s]であり、これは[Nm][1/s]と同じ、すなわち、仕事[Nm]を時間[s]で割ったもの、ということになり、式(1-4)の仕事の式と同じ単位となります。ここからも、Fvが仕事率であることが推察されます。
さて、F.カンチェラーラが1000Wを出力していて、その時の時速が仮に60km/hであれば即、タイヤが地面を後ろに押しやる力がわかってしまいます。時速60km/hは秒速60÷3.6m/sであり、この値を使って計算します。1000Wがそのままリアタイヤで為される仕事率であるとすれば、
(1-17)
これを重力加速度9.8[m/s^2]で除して、リアタイヤが地面を押しやる力として6.1[kgf]を得ます。意外と小さい値という印象を受けるかも知れません。
式(1-1)の質量MをM1と書き直して次に再掲します。質量M1に力Fを加えると、動き出してだんだん速度が大きくなる、ということで、
(1-1)
でした。この力Fにvを掛けたのが仕事率Fv。この仕事率FvのFに式(1-1)を適用すると、
(1-18)
となります。さらに、これに式(1-14)を代入して、
(1-19)
なお、今後、v(t)をvと書くことで簡略化することにします。
式(1-18)、(1-19)は、力Fで質量M1の物体を加速するとき、Pという仕事率がM1に加えられる、という意味です。ただし、M1は無重力の真空中に置かれ、摩擦や風の影響は受けていないとします。自転車で走る場合、空気抵抗も転がり抵抗もない場合には、乗り手が頑張って、力Fを自転車に加えることで、式(1-19)にしたがって速度が上昇(し、しかも、どこまでも上昇)します。というわけで、力Fがわかれば、速度vも加速度dv/dtもわかってしまう、というわけです。
この式(1-19)は、カンタンなプログラムで計算することが出来ます。式(1-1)を書き換えると、
(1-20)
です。すなわち、FをM1で割れば加速度dv/dtがわかります。この関係を使って式(1-19)の計算手順を示したのがFig.1-2です。Fig.1-2の左側からFが与えられ、その信号が1/ M1倍されて加速度dv/dtが出てくる、というのが第一段階です。次に式(1-15)を引用して、加速度を時間で積分して速度vを得ます。そして、速度と加速度を掛け合わせてこれにM1を掛けることで式(1-19)の右辺となり、仕事率Pが判明します。
Fig.1-2 式(1-19)の計算手順
ところで、式(1-18)の右辺は、実は、
(1-21)
です。つまり1/2M1v^2を微分したものが、仕事率です。この1/2M1v^2というのは、いわゆる運動エネルギーとよばれるもので、物体M1に外部から加速仕事をした結果、速度がvまで到達し、物体M1が持つに至ったエネルギー、ということです。外部から行った仕事が運動エネルギーになっているんですね。結局、加速抵抗というのは、質量を持つ物体に運動エネルギーを蓄えるために必要となる仕事を行う時に感じる抵抗のことである、と言えます。したがって、加速している時に感じることが出来ます。そして、減速しているときにも感じることが出来るのですが、減速している時には加速度が負になるので、力も逆向きになります。すなわちブレーキとなりますが、この際、物体M1からは運動エネルギーが徐々に引き抜かれていきます。通常のブレーキであれば熱に変換されますが、これを電気エネルギーに変換することでブレーキとすることも出来ます。これは、回生ブレーキなどと呼ばれ、ハイブリッド自動車や電気鉄道、一部の電動アシスト自転車など、広く用いられています。なお、回生は、何も電気に限ったものではなく、蓄積する媒体はバネや油圧畜圧器、フライホイールなどでも不可能ではありません。
ここで扱った加速抵抗は、実際の自転車に当てはめると、最初に述べた①②③④⑤のうちの①に過ぎません。先は長い!
※この特集はchapter7まで7週連続で掲載の
予定です (Powered by CBN電子情報学院栗山村校、守衛のおじさん)
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≪参考文献と注≫ (*1)
http://itee.uq.edu.au/~serl/_pamvec/PhD_Thesis_AGS_050420.pdf “Parametric Modeling Of Energy Consumption In Road Vehicles”, Andrew G. Simpson, A thesis submitted for the degree of Doctor of Philosophy at The University of Queensland in February 2005, p.28 (3-1a),(3-1b)
これは自動車用の文献ですが、p28の式(3-1a)と(3-1b)を引用します。
(*2) この部分を売りにする軸受パーツメーカーも存在しますが、そのような領域の検討を行う場合には、本論で議論する内容に関して、測定結果を使ってそれなりの修正を施せばよいでしょう。本論では影響が全体と比べて微小であると判断し、無視するか、もしくはタイヤ転がり抵抗に繰込むことを想定しています。
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