The ママチャリ 〜日本の普通の自転車〜ManInside 2013-4-20 19:53 4931 hits ManInsideさんのすべての写真 フォトギャラリーTOP ある時は親しみを込めて、またある時は蔑みと共に「ママチャリ」と言及されるタイプの自転車が、我が国には存在する。「軽快車」や「シティサイクル」が正式名称であるとの説もあるが、実際には「軽快」でないことも多く、「シティ」という言葉から連想される都会的洗練からほど遠い個体も数多く存在する為、むしろ「ママチャリ」という名の独自のカテゴリーが存在すると言って良いだろう。そして我が国において「普通の自転車」という言葉で人々が思い浮かべるのは、まさにこの「ママチャリ」であろう。 この「ママチャリ」だが、ロードバイクやMTBといったスポーツサイクル愛好者の目には不合理に映る点が少なくない。 極端に低いサドル位置……これでは荷重を手や足に分散できず、尻が壊れてしまうではないか! 極端に低いトップチューブの位置…これではシートチューブひいてはフレーム全体の剛性を確保できないではないか! リムドライブ式のライト……これ以上走行抵抗を増やしてどうしようというのか! 巨大なチェーンカバー……これでは簡単に注油できないではないか! 前後のカゴや荷台……もっと身軽に移動しろ! 夜逃げでもするつもりか! 全ての生物の進化及び形状には合理的な理由があると言われている。では「日本の普通の自転車」である「ママチャリ」は、どのような経緯で現在の姿を獲得するに至ったのか。 まずサドル。バランス感覚が特に優れていないライダー(児童・老人)でもすぐに足をつけるよう、この高さに落ち着いた。ほぼ全体重を受け止めることになる位置だが、基本的にせいぜい5km以内の短距離を短時間で移動する際に使われることが多い乗り物であるため、大きい問題にはならなかったのだろう。その代わり、クッション性の高い厚手のサドルとなっている。 トップチューブが低い理由(あるいはトップチューブがない理由)は、スカートをはいた女性や、脚を高く上げられない高齢のライダーに配慮した結果だろう。 ライトがリムドライブ式なのは電池交換の煩わしさからライダーを解放させるため(ハブダイナモにしても同じことだがコスト面で安上がり)。 無駄に立派なチェーンカバーは「ライダーの服を汚さない」ことと「砂や土埃をチェーンに付着させないことで注油回数を極限まで減らす」ことの両方を意図してこんなことになったのではないか。 前後にカゴが生えてきたのもごく当たり前の進化である。「日本の普通の自転車」は「どこまでも遠く、速く」を目的としたものではなく、「1km先のスーパーから大根や米・灯油等を安全かつ快適に運んでくる」ことがむしろ大事なのであった。 「ママチャリ」の価格は1980年代以降、急激に下がったように記憶している。そして価格の下落に併せて、価値もまた下がった。なぁに壊れたらすぐ買い直せばいい。たかだが9,800円だ。 乗りつぶしたら、後は捨てればいい! そんなふうに思ったことのある人、現在も思っている人は、決して少なくないはずだ。 「ママチャリ」は、自分がそれほど大切にしてもらえないであろうことを理解し、一日でも長く使ってもらえるように、かつライダーの手を煩わせないようにと、自らをヘヴィデューティー・ゼロメンテナンス仕様へと進化させていったのかもしれない。36Hのクロス組みのホイールにも理由があるし、強い衝撃を受けると潔く潰れる前カゴにも恐らく理由がある(肉を切らせて骨を断つ…じゃなかった、衝撃をカゴで吸収することで車体全体へのダメージを低減しようというのではないか)。 そんなふうにあらためてじっくり眺めてみると、日本の普通の自転車である「ママチャリ」は意外なほど完成度が高く、少し健気なところのある乗り物のように見えてくる。 ありふれていながら、実に合理的な進化を遂げた日本の普通の自転車である「ママチャリ」。毎日のように酷使され、活躍していながら、記念写真などは決して撮ってもらえないであろう「ママチャリ」。ある日駐輪場で休息するそんな「ママチャリ」の美しさが目に止まり、私はこう呟きながらシャッターを切った - 「次に買う時があったら、大事に乗るよ」。 SIGMA DP3 Merrill RAW, ISO100 F2.8 1/100 ホワイトバランス・オート カラーモード・スタンダード |