購入価格 ¥1680
“こんな感じで一丁上がり” → 枻出版社の自転車ムック
この先入観を完全に裏切った、資料価値も高い2010年7月発売の前作、
『クロモリロードバイク 【鉄ロードのすべてがわかる】』
の第二弾がこれ。
あの素晴らしい前作の続編ですから、息切れでネタ切れか?と勝手に想像していたのですが、再び思いっきり裏切られました。“鉄フレームの作り方教えます!” をテーマに据えて、またまた興味深く大変面白い話が展開され、資料的な価値も高い、優れた書籍です。
スチールバイクが再び脚光を浴びているとはいっても、実際に、スチールロードを見かける割合がこの数年で高くなったかというと、私はあまり大きな変化は感じません。実はピストと呼ばれるストリートファッション系の固定車(ああいうのをピストというのが適当かどうか、怪しいですが)の増殖が顕著なだけで、スチールロードは90年代中期以降、一気に下火になってから、比率的な状況は、あまりかわらないような気もします。でも、こういう良書が現れるのですから、恐らく、スチールバイクの需要というのは、底堅いものがあり、比率ではなく、自転車マスの増大に呼応して、数としては徐々に復調しているのかもしれません。
ハンドメイドがごく普通のことだった1980年代は、全国の有力ショップが、ハンドメイドバイクやフレームのオーダー窓口を持っていましたが、現在の状況は、往時には到底、及びません。それでも、こんな良書が出版され、スチールロード、さらには自転車そのものを理解するための手段が提供されているというのは、素晴らしいことです。
大変面白く、資料的な価値も高い、優れた書籍である、ということを申し上げて、評価は以下の通り。
前作からのクオリティの低下など一切ない、実にアグレッシブなイイ本でした。
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★
年 式→2011
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さて、ここから先は偏見に基づいた(笑)内容紹介です。
◇表紙◇
東京オリンピックで英国チームが乗ったGillotという英国メーカーの上品なロードが表紙を飾ります。このムックでは英国車特集のページがあります。
◇page4◇
新家工業の1ページ広告。このムック専用の文章が添えられています。新家が取り扱うスポルティフとクラブモデルという、2つのクロモリ旅行車(ロードじゃない!)の広告ですが、広告主の自転車への思いが伝わってくるなかなか凝った文章で、楽しめました。
◇page6◇
ケルビムの1ページ広告。今年復活したR2の完成車が、ドーンと載っています。実にサマになっています。これが本当にカッコいい。これを見てしまい、イタ車のクロモリには全く食指が動かなくなる人もきっといることでしょう。
◇page8~◇
『知られざるハンドメイドの源流』と銘打って、10の英国車をかなり詳しく紹介しています。ほとんど知らないことばかりで、食い入るようにして読んでしまいましたが、資料的な価値も高い、興味深い内容です。英国車のフレームチューブのフォーメーションは非常に多彩で、この時代に、スチールフレームの大きなアイデアは出尽くしているのかもしれない、と思いました。なお、18ページの欄外につまらない誤植がありますが、誤植のない雑誌やムックなど、ほぼ皆無でしょう。それにしても、この誤植は期待外れ(笑)の素っ気なさでした。
◇page30~◇
『クロモリフレームの作り方教えます』と題して、ケルビムの工場での作業工程をかなり詳しく紹介。古典的な方法と新しい方法を各所でうまく使い、合理的に作業を進める様子がわかります。へぇ~、こんな風にやってるんだ、という感じ。面白かった。
◇page50~◇
レベル(マツダ自転車工業)での初心者オーダー体験記。小柄な女性のために、26インチホイールで設計しています。「なによりも自分の身体に合わせて作ってくれるのが最大のメリット」と、お約束の謳い文句が。全くその通りで異論はありません。で、これが変な方向にエスカレートすると、「自分の身体に合っているかどうか知らんが、自分の好みのジオメトリを実現してくれる」 ことに価値を見出すようになったりして(笑)。
冗談はさておき、フレームジオメトリを決定するためにPCによる数値計算を30年ほど前にいち早く取り入れたのが、このレベルと、ケルビム。原寸大図面もいいですが、ユーザの目の前で、数値を変更した時のインパクトを具体的に説明するときにPCは便利。
◇page61~◇
自転車生活に連載されていた、自他共に認めるダメ人間(ホンマかいな?)フジノ氏のフレーム製作日記の総集編として『フレームビルダーへの道 総集編』がここに。フジノ氏を指導するのは神奈川県相模原市の細山製作所の細山正一氏。フジノ氏の奮闘もそうだが、何といっても興味深いのは、最速ビルダーでもある鉄の魔術師、細山氏の作業風景。この作業場で、こんな風にやってるのか~!と、食い入るように見てしまう。
「このフォークの奥ゆかしいカーブ、もうね、世界一カッコいいっしょ?」とフジノ氏は訴えるが、見れば、オフセットとヘッド角度が、2010年に自分が細山さんにオーダーしたときの数値とまったく同じじゃないか。そりゃカッコイイわけだ(オイオイ)。
◇page74~◇
1960年代から日本の自転車に大きな影響を与え続けたビルダー、梶原利夫氏について、ケルビムの二代目、今野真一氏が語っている。これは面白い。
「職人である前に物を作ることに意識があり、『手作業が最も良い』という概念など微塵も持っていない。良いものを作る=手間をかける、ではないのだ」
「『見る人が見ればわかる』そんな言葉は聞き飽きた」
叔父のシクロウネ・今野義氏と同様、過激な創作者という印象がある今野製作所創業者、今野仁氏を継ぐ二代目の言葉は深遠だった。
◇page82~◇
絹自転車製作所を主宰する荒井正氏の『オーダーフレームの設計』の2ページ目。フロントアラインメントとタイヤのサイドフォースの関係が書かれています。せっかく図を使って何かを表現しようとしているのですが、詳細を省略しすぎていて、ほとんど何も語っていないという結果に終わっています。これはちょっともったいないのでは?「サイドフォースによる復元モーメント」なんていきなり言ったって、どう理解すればよいのか?わかる人なんて限られるでしょう。紙幅の制約があるとはいえ、省略しすぎの感が否めません。次回に期待しますヨ!
◇page108~◇
『メイド・イン・アメリカ スチール工房事情』と題して、いまだ名を知られない工房も含めて紹介しています。アメリカといえばブルース・ゴードンが昔から有名ですが、面白い工房がたくさんあるようです。そういえば、80年代、ラヴィクレールでイノーやレモンをアシストし、90年代半ばにかけてツールやジロなどで大活躍した名選手、アンディ・ハンプステンも魅力的な自転車を作りだしていますね。
◇page124~◇
『銀色信仰』と題して、スチールバイクに良く似合う銀色パーツを特集しています。すっかり黒っぽいパーツが増えてしまい、パーツ選択は少々大変な時代になったかと思いましたが、多少の揺り戻しがあるのかもしれません。日東パールと並んで美形ステムとして一世を風靡したチネリの1Aが復刻されたという嬉しい話題も載っていました。
・・・やれやれ、楽しいムックでありました。
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ところでスチールのフレーム。長持ちするとよく言われますが、私の経験ではどうやら、本当に長持ちするみたいです。私が現在乗っている4台の細いタイヤの自転車はすべてクロモリ系のハンドメイドですが、それらフレームの製造年は、
1983/1988/2002/2010
です。
大学3年の時に細山製作所で作ってもらったロードフレームは来年、30年目を迎えてしまいます。相変わらず素晴らしい乗り心地で、購入以来、ずーっと現役。今は主に通勤で走り続けています。雨もお構いなし。土砂降り冠水道路でクルマが徐行する中、シューズを潜水させながらグイグイ走ったなんてこともありますが、平気。少し前に再塗装したら、また新品になってしまいました。あー恐ろしい。一年中乗っているのに、どこまで長持ちなんだろう? となると、2010年に、ふたたび細山製作所で作ってもらった非の打ちどころのないロードは、私の人生最後のロードになるんだろうなあ、と薄々、思ってしまうわけです。あー、人生って短いですね。
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昨今のスチールの復権が今後、どんな風に推移していくのか?興味深く見守っていきたいと思います。