かつて、シュパーブプロやサイクロンMarkⅡなど、独自のスラントパンタ機構で一世を風靡したサンツアー(前田工業)。
ハンガーピボット部のダブルテンション機構で対抗したシマノ。
~ サンツアー伝家の宝刀 『スラントパンタ機構』
~ シマノのお家芸(サンプレなども使ってたが) 『ダブルテンション』
いずれも、多段フリーとガイドプーリーの位置関係を適正化する機構でした。
1980年台、サンツアーのスラントパンタ特許期間が終了。シマノはデュラAXの失敗を一気に挽回するために満を持して投入した74デュラにおいて、スラントパンタ機構を取り入れます。カンパの縦型を無理やり横型にしただけという印象が強かった旧デュラから完全に脱皮し、ダブルテンション+スラントパンタ機構という、世界標準とでも言うべき完成された現在のリアディレイラの形式が提示されました。
シンプルでシャープな造形の74デュラ。私見では、フロント、リアともにデュラ史上、最も美しい変速機となっています。シマノにとって74デュラは、シマノの窮地を救い、エポックをもたらした金字塔的な作品といえるかと思います。
RD-7401 (※プーリーを77デュラに変更しましたが、変更は全くお薦めできません!)
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前振りはこのくらいにして、ディレイラの平行四辺形。
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下側から見た画像です。
左の青フレームに付いているのがシマノのRD7800、右の黄フレームがRD6500。それぞれトップギヤの位置とローギヤの位置です。平行四辺形の平面を正面から捉えています。ご存知のように、この平行四辺形がパンタグラフのように動作して変速が行われます。平行四辺形の過激な変形っぷりをご確認ください。
変速機はフロントもリアもパンタグラフ機構と呼ばれる如く、4つのリンクをピンで連結した構造を持ちますが、これは機械の世界では「4節リンク」と呼ばれているようです。変速機の4節リンクは複雑な動作を示すいびつな四角ではなく、キッパリと平行四辺形で、4節リンクの中では(多分)最も単純な形式となっています。
昔のミシンの足踏み機構や、クルマのダブルウィシュボーンサスペンションやアッカーマンステアリング機構などなど、4節リンクはいろいろなところに使われていることに気づきますが、自転車関連で珍しいところでは、4節リンクをトランスミッションに応用した本田技研のダウンヒルマシン(RN01の初期版)なんていう実戦投入された(そしてあっという間に消えた)超仰天機構もありました(特許第4115178号など)。これはいずれ別稿で。
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で、今月のお題が変速機ということで、何かネタないのか?と思い、手元にある昔のデュラRD7401と少し昔のアルテRD6500をジ~っと眺めてみました。
う、う~む、、、違う。
随分、違います。これはベツモノです。お値段や冷間鍛造がどうのじゃなくて、ディレイラを特徴付ける各部寸法が、違うんです。
「どうせ後ろの変速機なんてSIS対応してるんだからシマノのロード系はロード系で同じような寸法関係なんだろうな~」
と勝手に思っていた自分が浅薄だった。
いや待て、四半世紀も昔の7401は番外じゃなかろうか? 9速同士のアルテRD6500とデュラRD7700は同じだろう?
ち、違った。何とスラント角度も全然違った。6500のスラント角度は大きく、まるで
「えー、これはワイドレシオのスプロケを使う素人さん向けの製品です」
とシマノに言われているような気分になってしまいました。←誇張
ま、そうは言ってもRD7800とRD7700のパンタ部の寸法はどうやら全く同じみたいでした。
ワイヤを引っ張ると平行四辺形が動いてガイドプーリーがチェンを脱線させて次の段にシフトして・・・。というわけで、平行四辺形の動きをちょっと真面目に考えてみました。一体どんな特徴があるのでしょうか?何も無いのでしょうか?(まだ前振りかオイ)
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先ほどの画像はパンタグラフを下から覗いたものでしたが、上側から見た様子を模式図に表わしたのが次の図です。
赤線で示したワイヤを引っ張ると、E点がA側に引き寄せられ、左の図が右の図のように変化し、ロー側への変速が行われるというわけです。
平行四辺形ABCDのうち、辺ABはロードフレームのリアエンドハンガーに固定されます。また、対角線BD上には、図のように縮もうとするコイルばねが敷設されており、トップ側に戻ろうとする力を発生しています。ロー側に変速するとばねが無理やり引き伸ばされますので、力を示す矢印の大きさf3 ( = f4 )が増大します。さて、このときワイヤを引っ張る力f2は単純に増大するのでしょうか?なんていう疑問が湧いてきたりして? (※面倒なのでチェンの力までは考えません→きっと誰かが考えてくれる!)
ABCD以外に、EとFとG点を定義しています。Eはインナーワイヤがディレイラに固定されているポイント。FはEから辺BCにおろした垂線が交わるポイントです。Gは、アウターワイヤ受けからインナーワイヤが出てくるポイントです。それから斜め右上を向いている黄緑の矢印ですが、これは自転車の進行方向です。辺ABはリアハンガー面に対して直角ではないんですね。
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この平行四辺形の動きを、エクセルなどを使って計算するために式にしてみます。そのためにまず、次の図のように線を加えたり長さや角度の名前を付けたりします。
いちばん左の図はFig.1の左の図の再掲。2番目は各辺の長さ、また、追加した補助線の長さを示します。3番目は各部の角度を示します。あと忘れてはいけないのがスラント角度εslantです。あ~、意外や意外、ディレイラって、ちょっと面倒ダ。しかし、これだけ定義できれば、ワイヤ引き量に対するから平行四辺形部分の幾何学的な動きは完全に記述されます(撓みとか捻じれは除いて)。あとは、ダブルテンションのばね釣り合いと、プーリーとケージの動きまで組み込めばバッチリですが、面倒なのでやめておきます。
こんな風に平行四辺形が ・ ・ ・
Fig.2で命名した各部の長さL、d、r、t、a、bと角度εslant、εABの実例を次に示します。初代SISのデュラ74とそれ以降のディレイラの違いが際立っています。また、65アルテのスラント角度の大きさが目を惹きます。アルテグラの祖先はシマノ600ですが、当時はツーリングモデルもありました。もしかしたらその名残かも知れません。
そして、ワイヤ固定部に伸びる腕の長さtがRD7401では随分短いというのも特徴です。RD7700以降ではワイヤ固定ボルトの六角ヘッド部がパンタグラフ機構の外側に、外向きで設置されますが、RD7401では内部に隠れる形で内向きになっています。そのためにtを大きくとることができなくなっている、というのが理由です。
このデザインは美しいのですが、ちょっと窮屈な設計のようにも感じられます。リターンばねも普通のコイルばねではなく、ねじり方向にばね力を発生するタイプのコンパクトなねじりコイルばねをFig.1のD点に忍び込ませていて、一見、ばねが無いようにすら見えます。よくここまでやったなあという感じです。当時ライバルだったサンツアーのあまりにも洗練されたデザインと丁寧な造りのリアディレイラに、見た目の上でも真っ向勝負するためだったのかもしれません。サンツアーのシュパーブプロが不在となったRD7700以降で、ようやく安心して変更したのではないかと思われます。
ところで、これらの数値は、最近すっかり手元が見えにくくなってきた私がノギスを使ってチョー適当に採寸した結果です。また、スラント角度や辺ABの角度は、目分量+状況証拠で固めるというテイタラクなのであしからず。
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まずは基本式を示します。
高校の数学が出てきてしまいましたがご容赦ください。
式(8)のyというのはFig.2の中のD点の横方向の動きを示しています。これは平行四辺形の平面内での話なのですが、角度εABとεslantを使うと、式(9)のysのようになり、ガイドプーリーが動く水平方向成分の位置関係を反映させることができます。基本式はこれですべてなので、あとは角度θを段々大きくしてロー側に変速させれば、ワイヤの引き量やガイドプーリーの水平方向の動作がどんな風に推移するのかがわかります。ちなみに実際の10速でトップエンドからローエンドまで動いた時、ysの変化量は35.55mmとなります。
RD6500の数字を使った場合の結果を見てみると・・・
Fig.4は、トップ位置からのワイヤの引き量に対するガイドプーリーの横方向の位置変化量です。ワイヤの引き量に対してysの動作が直線ではなく、微妙に曲がっています。ロー側に近づくほど、ysの動作が鈍くなり、ワイヤを余計に巻きあげないと変速しない!ということがわかります。Fig.5も同じことを示していますが、こちらはプーリー位置ysの変化に対するワイヤ引き量の変化の割合が、プーリー位置でどのように変化するかを示しています(実は単にFig.4の微分値の逆数)。ワイヤを引かなければならない量がロー側になると段々増えていくというものです。
ワイヤ引き量に対するプーリー位置の関係
Fig.4の微分値の逆数
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では、RD6500のrとtを変えると、ワイヤ引き量に対するプーリー移動量はどうなるのか?
まず、rが8mmから42mmまで4種類の場合についてFig.6に計算結果を示します。rが小さいとプーリー移動が早めに推移することがわかります。
次にtの長さ。0mmから20mmまで4種類についてFig.7に結果を示します。tが小さいとプーリー移動量が早めに推移します。
となると、ワイヤ引き量とプーリー移動量を同じ関係に維持するためには、tとrがある関係を保つ必要があるということになります。トップからローまで変速するときに必要なワイヤ引き量とプーリー移動量は、それぞれひとつの数値しか持ちませんが、この現実の値に拘束した条件で解を導出すると、Fig.8 を得ます。
rが遠くなったらtを短くすればワイヤ引き量とプーリー移動量を同じ関係に維持することが可能になります。RD6500 のオリジナル値r=13mm、t=13mm以外にもFig.8 に示したような数値の組み合わせが許容されます。このレビューの最大の成果はコレです(笑)。オリジナルの数値は、実物としての実現性、そして軽量化や強度、デザイン性との兼ね合いで決まっているのでしょう。
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ちょっと前に戻ってFig.4とFig.5をもう一度見ると、SIS機構のワイヤ巻きあげ量も、各段で等量ではなくFig.5のように微妙にロー側で増大しているってことになっているはずです。そこで、10速のWレバーSL7800をパキパキやって、各段のレバー角度を測ってみましょう!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキッ・・・(9回!)
(何だWレバーじゃねえか)
次の表はトップからロー側までWレバーをSIS動作させた時の角度と、各段の間の角度差を示しています。グラフは角度差を示しています。2段目から9段目までは角度差が緩やかに増大しますが、これはFig.5から考えると、ふーん、なるほど、という感じです。
ところで、1段目の位置決めは、ディレイラ自身のストッパで決まるため、ワイヤにはわずかな緩みが生じますが、シマノ変速機の取説に書かれているように、アウターワイヤ側に付いている調整ボルトを指で回してこの緩み量を微妙に修正します。1段目から2段目の角度差が17.2度とあからさまに大きいのはこれが理由です。
ロー側の最終角度差23.3度は?
トップ側がディレイラ自身のストッパで位置が決まっているのなら、ロー側も同じらしい。実は、ワイヤを引いてローエンドのストッパに突き当たり、さらにワイヤを引き上げて10段目のSISにパキッ!と入ってWレバーが所定位置に収まります。ローエンドだけワイヤ張力がグン!と上がっています。ワイヤを指で弾いて音を聞くと、ローに入れるときだけ音高がグンと上がります。それは一聴瞭然です。
ところでRD7401ですが、計算上ではどうやら引き量に対してガイドプーリー動作量が大きすぎて、10速SISにはシンクロしないと推測されたのですが、実際にSL7800で引いてみると、ほぼ予想通り、8速目のレバー位置で9速のスプロケ位置まで行ってしまいました。というわけでRD7401は現行の10速SISにはシンクロしませんが、SL7900以前の古いWレバーでフリクションモードで使えば、今でも十分使えることでしょう。
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ここからは与太話。
次に、全くの興味本位で、ワイヤを引く力f2を算出してみます。
その前にf2のイメージを掴むために、手勘で探りを入れてみました。リアホイールを外し、フリクションモードのWレバーの固定力をユルユルにしてトップからローに向けてディレイラを動かしてみると・・・
ディレイラのばねが伸ばされてf3は順調に大きくなるはずですが、一方、手勘では、f2の増大が指にあまり伝わってきません。ワイヤを指で弾いて弦の共鳴音を確認すると、ロー側に向かって音高がはっきり上昇していくような感じもない。意外とf2の増大は穏やかなのかも知れません。
さて、ワイヤ引っ張り力f2の算出は、エネルギー保存則を使いました。すなわち、
「ワイヤをf2で引っ張るときの仕事は、ばねに与えるエネルギーの増大と釣り合う」
という関係を使ってカンタンに算出します(というか、力のつり合いをマジメに考える能力が無いので裏口入学敢行!)。
実際には節部やワイヤのしゅう動部、特にG点での摩擦力を考慮しないといけませんが、とりあえず無視して考えます。式の経過は省略します(もし知りたい方がおられたらBBSで)が、f2はこんな風になります。
ここで、ばねの長さxの値として、Fig.2で示した対角線BDの長さをそのまま使っていますが、これは便宜上そうしただけです。また、ばね単体の長さ、つまり外して放置した時の一番短いばねの長さx0も具体的にどういった値を与えればよいのか、そしてばね定数kの値も、ばね単品を取りだしていないのでわかりません。ディレイラの状態でばね定数やセット荷重を計測する方法が無いわけではないのですが。というわけでこの稿では、適当にkとx0を定めていますので、力の絶対値ではなく、相対的な傾向を見るだけに留まります。
へぇ~。手勘を裏付けるかのような穏やかなf2の上昇でした。でも、チェンを押す力はどうなってるんだよ? → それはCBNを見ているシマノの開発の人がそっと教えてくれるに違いない。。。
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次も全くの興味本位で、ディレイラが自力でトップ側に戻るときにガイドプーリーを水平方向に移動させる(というかチェンを脱線させる)力freleaseを算出します。ケージを指で押してみると、これは明らかにトップ側の方が軽いのがわかります。式の経過は省略しますが、freleaseはこんな風になります。
当然ですが、トップ側の戻し力はそれなりに弱くなるようで。グラフにするとこんな風。f3との相対比較でご覧ください。
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恐らくシマノの開発陣は、以上のような事柄はごく基本的なこととして当然おさえつつ、色々な側面からの解析を行って開発につなげているのだろうと思います。
変速機の開発って、結構面白そうですね。従来の機構にメカトロ機構を追加した形式をとる電デュラとは違う、全く新しい純メカ変速機を開発してみたいなあ、という衝動にかられてしまいます。
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それにしても、何だかとても消化不良な妄想レビューになってしまいました。まだまだ修行不足です。お付き合いいただきありがとうございました。
評 価→★★★☆☆(誰かの第二話に期待)
協力 CBN電子情報学院栗山村分校