購入価格 ¥12600
馬鹿野郎!!
黙って見守っていれば「なぜお前がそこにいる」とか「すごいのはアシスト」とか「ドーピング」とかヴォクレールのことをぼろくそに言いやがって!!
マイヨ・ジョーヌにどれだけの抗いがたい魅力があるかお前らは分かってないだろ!!
まあ、言葉でくどくど説明しても俺の言いたいことは伝わらないだろうから、どうやらこの流れは俺の過去の経験について語ったほうが早そうだな・・・
それは俺が念願の表彰台の頂点に立ったときの話だ。
自転車ロードレースの猛特訓を続けた俺は、ついに地元のロードレースで王者に挑む機会がやってきたのである。
若干20代の俺が王者に挑戦することは地元マスコミの間でも話題になり、俺は若気の至りと不安な気持ちの裏返しから強気な発言を繰り返していた。
そして、ゴール前。俺はもう一人の優勝候補―――1年前の王者である―――とデッドヒートを繰り広げていた。
デヤァァァーーー!
相手のまだ余力のあるアタックが炸裂する。
俺の方はというと、もはやアタックをしかけるような余力は残されていず、
なんとか使える筋肉を見つけては騙し騙し喰らい付いていっているという有様であった。
負ける・・・このままでは俺はこいつの前に出ることはできない・・・
俺は負けたくない一心で、相手のケツに張り付き続けた。
それはロードレースでは決して賞賛されることのない行為であると知りながら。
そして、最後の直線で俺は掟破りのツキイチからのアタックを仕掛け、僅差で優勝をもぎ取ったのである。
実際には俺が負けていたという大半の世間の声を背にしながら、とにもかくにも俺は王座を勝ち取ったのである。
俺「ガハハハハ!!俺が日本最速なんじゃ!!ちょろすぎ!!相手が弱すぎやったな!!ププッ!」
心の中では俺は負けていたのだと分かっていながらも俺は強気な発言を繰り返し続けた。
世間はそんな俺を批判し、逆にタイトルを失った元王者に同情的な空気が流れ、そして翌年。
元王者は俺に挑戦者として再戦を挑むことになったのである。
心の中で、明らかな実力の差を実感していた俺は、今度こそ負けられないととの念に駆られ、この一年間というもの折れない心と負けない魂で猛特訓を連日連夜繰り返してきた。
デヤァァァァァァァー!!!
去年よりも一枚重いギアで回せるようになった俺の必殺ダンシングが白糸の激坂にこだまする。
いける。
この一年間で俺は強くなった。
去年は元王者のアタックに引きずり回されたが、今の俺はあのペースの上げ下げに対応できる!
そして再戦の日は来た。
俺は必勝を期し、山岳ジャージ「マイヨ・グランペール」でレースに臨む。
今年のツールドフランスのジャージも手がけたルコック・スポルティフ製で、お値段12600円也。
レトロな概観も醸し出すウール素材は夏には涼しく冬暖かい、汗をかいても汗冷えしにくい、においにくい。
そんな夢のような謳い文句ではあるが、俺に言わせれば今どきのスポーツウェア素材の方が全てにおいて良い。
陰干し推奨、洗剤を選ぶ、背中のどろはねが染みになって落ちにくい、着心地がちょっとチクチクする・・・素材的にはどちらかというとデメリットが目に付いてしまう。
(脱線だが、「エマール」のグリーンフローラルの香りは最高だ)
このウェアの魅力はなんといっても、自転車乗りなら皆が憧れる赤い水玉。着ているだけで気合が入る。これを着て無様な走りはできない。これに尽きる。
横に対して丈が長く、女の子の着るチュニックみたいな外観になってしまうが気にしない。
開会式での優勝旗返納の際、すっかり人気を失った俺にはブーイングの嵐が吹き荒れる。
だが、俺は一年間の猛練習で相手の実力をはるかに凌駕している自信があった。
このレースで挑戦者の元王者を完膚なきまでに叩きのめせば、こんなブーイングなど払拭できるだろうと確信していたのである。
そして、スタートの号砲は鳴らされた。
レース展開はほぼ互角ではあったが、予想通り俺の実力は相手を凌駕しており、終始俺が前を引く展開となった。
俺「ふふふ・・・思ったとおりだ、前回は実力で負けていたが、一年間の猛特訓ですでに実力は逆転している、もはや俺が負ける要素はない」
そして終盤、チャンスが訪れた。
先頭集団も俺と元王者を含む3人に絞られ、俺は最後尾で2人の様子が手に取るように分かる。
目前に急勾配の坂が迫ったところで、元王者の右手がピクリと動いた。シフトダウンだ!
その隙をついて俺は逆に2段シフトアップし、ためていた足で必殺のダンシングを炸裂させる。
もらったァーーー!!
不意を突かれた元王者は反応が一瞬遅れた。激坂の登り口での失速、タイムロスは取り戻すのが難しい。
俺はその先のヘアピンカーブで、元王者の視界から消え去るべく必死の加速を試みた。
だが、挑戦者の心は折れなかった。
必死に俺の後を追走し、その後はほぼ互角のまま走り続けたたのである。
そして決着の時が来た。
俺は勝ちを確信していた。
なぜならレース全体を通して俺が優位だったし、もはや元王者には最後にスプリントする余力は残されていないと踏んだからである。
しかし、最後の直線。終盤前を引きすぎた俺は僅差で刺され敗北。
やはりあのアタックで引き離せなかったのが敗因だ。
そして、勝利者である新王者に優勝の副賞としてマイヨ・ジョーヌが着せられ、インタビューのマイクが渡される。
この新王者の口からどんな勝ち誇った言葉が発せられるのだろうか。
そしてその言葉によって俺のプライドはどれだけズタズタにされるのだろうか。
俺は心の底から恐怖した。
新王者「みなさん、俺は今回の勝利を心から喜べません。俺は今回は実力では勝ってない。王座に返り咲いたのは嬉しいのだけれども、自分の心に嘘はつけないからです。
だから、つよし、お前はもう一度俺に挑戦をしに来い!
このマイヨは今、俺のものではないがそれまでの間俺が預かっておく」
おれは愕然とした。
去年の戦いで俺が負けていたことは、あいつもよく分かっているはずである。
そしてそれを分かっていながら勝ち誇ってい不遜な態度をとる俺の暴言に耐え、そして今年は雪辱を果たしたにもかかわらず、自分を王者と認めなかったのである。
最強を目指してロードレースを始めた俺は、いつしかその志を忘れ、マイヨの魅力に負け、単にマイヨを身にまとうことが目的になってしまっていたのである。
俺は羞恥と後悔とそして感動のあまり、涙が頬を伝うのを感じていた。
かつて、トマ・ヴォクレールは10日間マイヨ・ジョーヌを守った翌日、首位陥落を目前にして自らのアシストにこう言った。「僕のアシストはもういい。お前はマイヨ・ブランを獲りに行け!」
それに、ピエール・ローランはこう答えた。「マイヨ・ジョーヌを着てそれが言える人はそうはいない。彼がボクにチャンスをくれたんだ。今度はボクが、このチャンスを逃してはならない」
そして俺は、あの火事の日におじいちゃんが父に言った言葉を思い出していた。「ただし、ここは俺がくいとめる。お前はつよしを連れて早く逃げろ!」
俺は思った。純粋に「強く」と願ったあの初心を取り戻し、必ずや真のカンピオーネに―――心身ともにマイヨ・ジョーヌにふさわしい男に―――になってみせると硬く決意するのである。
価格評価→★☆☆☆☆(高いよ)
評 価→★★★★★(しかしこの柄にはプライスレスな価値がある)
<オプション>
年 式→2009