購入価格 ¥7400/本 (タキザワ)
ある事情があって、AMBROSIOのチューブラリム ”CRONO F20” をプラスチックハンマーで叩いたら、ちょっといい音がしましたので、その顛末を紹介します。唐突でスミマセン。
こんな風に紐をスポーク穴に通してつりさげて(下画像左)、
リムの内側から水平方向に向かってプラハンで軽く叩きます(下画像右)
リムの継ぎ目が下になるようにぶら下げています。
プラハンでそのまま叩くのはいくら何でもアレなので、プラハン打撃部には上画像右のように、厚さ1.5mm程度の牛革を貼り付けてあります。これで、打撃力の立ち上がりが緩やかになり、高周波帯域の音が励起されにくくなります。
叩いて出てくる音を録音します。PCにマイクロフォンをつないでWindowsのPCM録音機能を使うと簡単ですが、今回はOLYMPUSのPCMレコーダLS-10で録音しました(超簡単デス)。
録音条件は
…サンプリング周波数 44.1kHz
…量子化 16bit
というわけで圧縮なしです。CDと同じ値を選択しました。
適当な強さでリムをハンマリングすると、おや!?渋めのちょっといい音がします。スポークを張ってあるとこんなにいい音はしません。CRONOの音の時間波形は次のようになりました。これは打撃時刻から2秒間を示しています。
打撃直後と、後半を比べると、音色がわずかに変化するようです。上の時間波形では0.5秒ごとに背景の濃さを変えていますが、今度は0から0.5秒までの区間の時間波形と1秒から1.5秒の区間の時間波形の周波数特性を見てみます。
下図の上段が0から0.5秒までの区間、下段が1から1.5秒の区間での周波数特性です。縦軸は音の大きさのレベルでデシベル表示(10dBでパワーが10倍、20dBで100倍違います)、横軸は周波数です。図中の数字は、鋭いスペクトルを示す周波数を示しています。牛革付きプラハンの一撃で、かなり上の周波数まで音が励起されています。周波数は黄色とピンクで書いてありますが、ピンクの音は、減衰が遅い音です。音が減衰してレベルが低下するとともに、鋭いスペクトルの数が激減します。そしてピンク数字の451Hz、724Hz、1432Hzは1.5秒時点でも生き残っています。
何かを叩いた時に、それが何であるのかを特徴付けるのは、最初の一撃時の、一種、バチン!とか、カン!といった騒音的な要素であるという説があるようです。そしていわゆる音の高さ、すなわち聞こえる音がラなのかレに近いのか?というのはその直後から残存する音で決まります。その昔、実験好きなカナダのあるピアニストは、ピアノの音が他でもないピアノという楽器の音であることを規定するのはハンマーが弦を打撃するときの非常に短い「チン!」という音であり、その直後にサステインする部分の音は、他の弦楽器とほとんど区別がつかない、という俄かには想像しがたい事実を示しています。
ところでCRONOの音は、「バチン!」直後から最後まで生き残る451Hz、724Hz、1432Hzが音色を構成しているようです。また楽器(というかリムの音は半鐘というべきか)としての音高は451Hzが支配しているようです。
で、451Hz、724Hz、1432Hz の素性です。
451Hz:724Hz = 1.605
なのですが、これは実は、ほとんどドとソ#の関係になっています。451Hzは本当はラにかなり近いのですが、判り易く451Hzをドということにしました。ドとソは完全協和の関係があり、開放的で非常に安定感のある和音を構成しますが、そこからソを半音だけ上げたドとソ#というのは、やや不安定な(不快ではない)協和を示します。
次に、
724Hz : 1432Hz = 1.978
ですが、これは完全協和である倍音の2から約1/12音のズレがありますが、ほとんど倍音とみてよい関係です。
以上から、CRONOの音は、かなり協和した、少しだけ刺激的な心地よい音を奏でているということが言えるようです。
では、他のリムはどうなんだ?
残念ながら、手元にあるチューブラリムで、すぐに打撃実験が可能なのは、中古のMAVIC GP4のみですが、これに関して同じことをやってみました。なお、CRONOとGP4はいずれも古風な外見のチューブラリムですが、GP4のリム高さがわずかに高いことと、実測重量が
…CRONO … 380g程度
…GP4(かなり疲れた中古) … 440g程度
ということで、GP4がCRONOの約15%増となっていることが主な違いです。
MAVIC GP4の音の波形はこんな風になりました。これも打撃時刻から2秒間を示しています。
CRONOと何が違うのかさっぱり判りませんが、周波数特性を見ると、違いが見えてきます。
下段の残存音のうち507Hz、814Hz、1180Hzを見ると、CRONOの451Hz、724Hz、1432Hzよりもそれぞれ12%ほど、すなわち1音程(例えばドとレの差)ほど高いことがわかります。実際、GP4の音はCRONOよりも高く聴こえます。また、音高は507Hz成分が支配していました。
各音の素性ですが、
507Hz:814Hz = 1.605
です。音の高さこそ違いますが、ドとソ#の関係になっているのは偶然にもCRONOと同じです。リムという円環が振動する種類(モード)の関係で、最低次数モードと次のモードの周波数比が理論的に1.6付近になるということがあるのかも知れません。(ご存知の方がいらっしゃったらご教唆いただけると助かります)
さらに、
272Hz:507Hz = 1.864
ですが、これは倍音の2から半音だけずれた関係にあり、多少刺激的な音になっているようです。これは場合によっては不快に響くかも知れません。残った1180Hzは所在なしの不協和な音ですが、大きな音ではありません。
というわけで、GP4の音も悪くはないのですが、CRONOに比べるとやや粗野に感じられます。
ところで、打撃直後のスペクトルを見ると、両方で、2400Hz付近と3380Hz付近の音だけが同じように出現しています。これは、リムの実効周長≒1.96mと、アルミ合金の縦波音速6420m/sを適用すると、
6420/1.96 = 3275Hz
となりますので、もしかしたら、リムの周方向に、波長が周長に等しい縦波が励起されて共振している可能性があるのではないか?と、3380Hz付近の音は推察されます(ウソくさ~)。じゃ、2400Hzは何だ?ってことになります。これにルート2を掛けると3380Hz程度になりますが、この辺りにヒントがありそうです。(???)
いや~、CRONO。イイ音がしました。
癒されます、っていうか火の用心、という感じの音。
以上です。お邪魔しました。
価格評価→★★★★☆ (JOKEだけどイイ音)
評 価→★★★★☆ (JOKEだけどイイ音)
※プラハンは自転車の打診探査用(笑)としてホムセンで購入し、打面に牛革を貼り付けただけの代物で、フレームなどを叩くために持っていたものです → フレームは叩く場所で音が変化して面白いが、無論、すぐに飽きてしまい、滅多に叩くことなどなく放置されていた。
※録音したWAVEファイルの編集には、SoundEngine Freeを使いました。
http://www.cycleof5th.com/products/soundengine/※周波数特性は、離散フーリェ変換という計算手続きで求めていますが、例えばフリーソフトのscilabで、コマンド”fft”を使って計算することができます。ちょっと使い方がわかりにくいかも知れませんが、こんなものが無料で使えるとは世の中不思議です。
http://www.scilab.org/※参考までにアルトリコーダのラの音の周波数特性を示します。さすがに真っ当な楽器だけあって、ラから始まってきれいに倍音が立ちます。中央のラは440Hzと定義されていますが、実測値は449Hzでした。これは昨年の酷暑の真昼間、室温31℃程度での音です。音速が温度によって変化するので、管楽器の音高は相応の変化を示します。音速Vは、気温をT℃とすると、
V = 331.05 + 0.61(T - 20) m/s
のように近似されます。したがって20℃近辺では、10℃だけ変化すると、音速は1.84%ほど変化してしまいます。一方、リコーダの大きさは温度でほとんど変わりません(笑)ので、速度とリコーダの管の長さで決まる音の周波数は、温度でそのまま変化してしまいます。図の「ラ」は、449Hzですが、そのときの室温が31℃程度だったとすると、ここから逆算して、アルトリコーダの「ラ」が440Hzになるのは19℃付近のときであることがわかります。オーケストラのチューニングは管楽器に合わせるそうですが、なるほどピアノも土壇場でチューニングをいじくったりしてますよねぇ。大変だ~。オーケストラってのは、チューニングが少々上がり気味とはいえ、普通の室温での演奏が原則なんでしょうか・・・。(蛇足)