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「俺チャレ」
~ ライバルは自分自身、知りたいのは自己の限界だ ~
6月号でCS編集部から突然提示された「俺チャレ」。単独耐久ランの薦めだが、どこか恥ずかしくケツの青い響きがする。『(前略)やらせなし崖っぷちチャレンジ。太陽の向こうにあるそれぞれのゴールを目指して、それぞれの言葉で語る、それぞれの“チャレンジ”がそこにはある』(記事引用、以下同様)である。『みずからを奮い立たせるような目標を設定し、限界に挑戦してみないか?』風なメッセージは手垢まみれで古臭い。何やらセンチメンタリズムも漂ってくる。がしかし、提示した本人たちがやってしまった以上、説得力がある。CS誌スタッフが自ら挑戦し、つらさ、達成感をレポートする。奇妙なレトリックなど皆無で、リアルに訴えてくる。こういう特集は価値がある。実はこれこそがCS誌ならではの企画ではないか?
一日中ヘトヘトになるまで走ったことのある者、そしてとことん走ってみたいと思っている者なら、こんな彼らの実力行使は琴線に触れるだろう。6月号ではCS伝統の企画である「日本橋~直江津300km」で元実業団ライダーの37歳、吉本氏が走り、苦しみつつも、ついに単独での完走に成功する。そして9月号では46歳の岩田編集長が、オレがやってやるとばかりに房総半島をぐるっと300km走り切った。自転車でとことん走る、というのは、どこかの某なら、どこかで書いていたように「金は無いけど時間だけは有り余るほどあるやつがやるもの」風に揶揄しそうだ。金など無くて結構である。自転車を買うカネすら無くて日々スレスレの暮らしを強いられている者でも、自転車で思いっきり走りたい、という気持ちがあればそれでいいのだ。欧米を取材で飛び回り高級ウエアに身を包んで最新のバカ高いロードバイクを元プロと仲良く試乗し、符丁で語る意味不明のインプレを垂れ流す男には確かに、「俺チャレ」などというケツの青い言葉は似合わないし、今更、一人で挑戦する勇気もなかろう。
どんな形であれ、人それぞれ挑戦してみようと思い描く走りがあり、それに挑戦し、自分に打ち勝った者はそれだけですばらしい経験をしているのである。誰かと比較して序列を決定し、二言目には「結果」と連呼する「競技」とは別の価値観である。自転車の種類に拘る理由もない。ようやく手に入れた最新鋭のロードバイクでもよし、長年連れ添ったジャストジオメトリーのクロモリマシンでもよし、古いリジッドMTBでも、廉価な26インチ荷台付き軽快車でも、知人に借りた安い折りたたみ自転車でもよい。
・・・9月号で300kmに挑戦中の心情を岩田編集長はこう表現する。
『300kmライダー・・・。オレもその仲間入りがしたい。そんな距離を走るチャンスはもう今後ないかもしれない。だってオレは今がいちばん若いのだ。(中略)たかが雑誌の企画だ。べつにオレがリタイヤしようがページに影響はない。でもなんだ、この熱い気持ちは。高ぶりが抑えられない。自分に勝ちたい。理屈じゃない。絶対に300km走り抜く』
実にクサい感情吐露かもしれないが、中年の域に達した岩田氏は何かを成し遂げずにいられなかった。「くそ、オレは絶対にやってやる・・・」という正体不明の激発する感情を心の中に感じていたのだ。単なる自転車バカになって、走る。ぶっ倒れるまで走ってやる。こんなギリギリの実体験を語ったからこそ説得力がある。風向きがどうだったのかわからないが、いずれにしても単独の300kmは集団の300kmとはわけが違う。練習で走りこんでいるロードマンなら全然平気だろうが、岩田編集長にはやり遂げる価値のある距離だったはずだ。CS編集部の挑戦者それぞれが、それぞれの心境を語る。ゴール後、へたれ切った肉体からオーラを発散しつつ自転車を天に掲げ雄叫びをあげているかのごとき岩田氏の姿にはグッとくるものがあった。読み応えのある12ページだった。
CS編集部伝統の「日本橋~直江津300km」だが、CS誌では過去三回行われている。1984年、88年、92年である。また、私が初めて買ったCSは中学2年の冬、片倉シルク号の26インチ中古軽快車(ママチャリ)で徘徊していた頃、1976年1月号だが、そこに、『冬を走る!日本列島ど真ん中横断300キロ~東京-直江津を走った高校生を完全追跡!』という一泊二日の記事で、マドガード付きのロードレーサーでの冬季の列島横断のレポートが載っている。
~碓氷峠を走る高校生二人~
当時は、日本橋~直江津というルートはある種の人気ルートで、「オレは何時間で走ったぞ」という人が多数いたであろうことが推察される。また、CS誌で「大阪~東京560kmを往復走行」という究極の「俺チャレ」に挑んだ大学生を追ったルポを掲載したのも80年台前半だと記憶している。
さて、88年、92年の挑戦はあまり記憶に残っていないのだが、84年(1月号掲載で決行したのは83年11月23日)の第一回目は印象が強く、切抜きを保存してあるほどだ。挑んだのは、単独で直江津を目指した「鉄人」小林徹夫氏と、リレーで鉄人に対抗する図式で、「東樹」、「嵐」、「藤下」、「中丸」、「中」、「松」、編集部バイトの「ひさえ」、「ひろし」がつないでいる。「鉄人の何でも挑戦シリーズ」の第一回目として企画されたものだが、その鉄人は惜しくも、二つ目の峠をクリアする付近の256km地点でリタイアしてしまった。9月号に若干漂っていた中年のセンチメンタリズム的なものは全くなく、さらっとしていて、明るいタッチで描かれている。それにしても皆、若い。
~5時スタート~
~‘鉄人’小林徹夫氏~
~‘鉄人’小林徹夫氏と‘元ラガーマン’藤下雅裕氏~
CS誌には「ボクの細道」や「タクリーノの絞りかす」や読者投稿の紀行文など、読み応え十分の連載があるのだが、ロードバイクインプレや、写真がきれいなだけの特集記事、欧州プロツアーのカラーページとおびただしい広告などの狭間で漂ってしまい、存在が際立ってこない。もしかしたら、四半世紀前のCS誌との違いはそこかも知れない。当時の記事は一つ一つの存在が明確だったように思う。自分が歳をとったというだけかもしれないが・・・。
特集記事ならば、今回のような真に骨のある企画がCS誌本来の特集であろう。「俺チャレ」の今後に期待している。
価格評価→★★★★☆
評 価→★★★★☆