購入価格 ¥10000位だったか??
スポークテンション測定器ParkTool TM-1。
今まで、何となくボケ~と使っているだけでしたが、上の方々のレビューを拝見して、改めてTM-1をじっくり見てみると、なかなか面白いし、扱いやすい。実によく出来た工具です。昔は、手勘や打診で、市販の完成車ホイールと比較してテンションを確かめたりしたものです。しかし、今ではすっかりTM-1のお世話になっています。あ、そういえば昔は完組みホイールっていうジャンルが無かったので『手組ホイール』っていう言葉もありませんでした。
というわけでTM-1の素顔に迫ってみました(以下長文ご容赦を…)。
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まず、これはTM-1の表と裏の画像です。(アルファベットは画像に後付け) あ、それからTM-1の使い勝手は、上の方々の優れたレビューで理解することができます。
TM-1の表面 TM-1の裏面
裏面の画像を見ると、P点に支柱があり、そこにばねが巻かれています。力が作用する3つの点ABCでスポークを挟んで、中心部Cが、ばねの力でスポークをギュ~と左方向に押し込むのですが、このTM-1は結局、C点の変位量でスポークテンションを測定します。
このC点の小さな変位を、てこCP:PSを使って約19倍に増幅し、S点の溝に刻まれる目盛で直読出来るようにしています。表(おもて)面に目盛が刻まれています。この目盛指示値とスポークテンションを関連付けることで、張力計測器として、最終的な数値を与えます。この関連付けは、専用の『指示値-テンション対照表』を使います。これです(これは2枚あるうちの1枚です)。
最初の製品画像だと、どこが何なのかよくわからないかも知れません。
○ スポークを挟んで力が作用する3つの点ABC
○ 点Cを駆動してスポークを押し込むばね
○ その押し込み量を拡大する指針
○ 指針の振れ角度を読み取るための角度目盛り
○ ばねで駆動される指針を、角度目盛りゼロで止めるストッパーS
○ 指針の回転中心P
以上を抜き出して、簡易的に示したのが、Fig.1です
一目盛りの幅が偶然、約2mmになっていますが、ばねが巻かれた回転軸中心Pからの角度に換算すると0.67度位です。さて、Fig.1で、力が作用する3つの点ABCに1.8mm(#15)のスポークをはさんでみます。ばねがスポークを押し込まないように、TM-1の黒ハンドルを手加減して、C点がスポークにスレスレ接触するところで止めると、スポークが撓まず、一直線のままです。これがFig.2の状態です。
スポークが一直線になるときの指示値は、図示のように38.5付近でした。このとき、ばねが押し込まないように手で保持しているのですが、もし、手を離してもこの位置で指針が止まっていたとしたら、スポークが全く撓まないということで、テンションは無限大、ということになります。
で、100kgf(980N)のテンションで組んだスポークを実際に挟んでみたところ、点Cがばねで押し込まれて、Fig.3のように指針が38.5から21.1あたりまで移動しました。
この移動量は、指針の角度変化に換算すると
θ= (38.5 – 21.1)×0.67
= 11.66 deg
= 0.203 rad
です。図のように角度は、スポークが一直線のときの状態を基点としてθで定義しています。
さて、指針や回転中心から点Cまでの腕長さ、AB間の距離に関して、Fig.2で示していますが、数字では面倒なので、これらに記号を与えます。
100kgfのスポーク計測のときに押し込まれた角度は、先ほど示したように11.66deg、弧度法(ラジアン)表示では 0.203radでした。この角度変化の分だけ、点CがスポークをFig.3のように押し込むのですが、腕長さがrなので、その押し込み量はおおよそ、
r×sinθ=1.81 mm
となります。押し込んでいるのですから、スポークは伸びます。では、どの程度、伸びるのか?
ABCの部分だけを抜き出してみます。Fig.5です。
計測によってスポークが伸びる量は、Fig.5の三角形の辺SとRの差分の2倍で、0.065mmです(リムの変形は無視)。大変小さい値です。では、この値がどんな意味を持つのか?
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ステンレススポークの縦弾性係数E(いわゆるヤング率)は、おおよそ次の通りのようです。
E = 2.0×10^5 [N/mm^2]
一方、1.8mm(#15)スポークの断面積は、
A = 2.54 [mm^2]
700Cクラシックリム32H×6本組のスポーク長さの実効値(おもてに出ている部分)を
L = 0.29 [m]
としておきます。
スポークの引っ張り方向のばね定数Kは、
K = AE/L = 1755 [N/mm]
というわけで、1.8mm(#15)スポークを1755Nすなわちおよそ180kgfで引っ張ると、1mmだけ伸びることになります。したがって、100kgf (980N)のテンションで組んだホイールでは、スポークは0.56mm程度だけ伸びていることになります。
980Nのスポークテンションというのは32Hの1.8mmスポークであれば、ごく普通の値です。これをTM-1に挟んで計測する時には、既述の通りFig.6の三角形の辺SとRの差分の2倍、つまり0.065mmだけ伸びるわけですから、計測中のスポークテンションは上昇しています。上昇値⊿Fは、
⊿F = k(S - R)×2
= 1755×0.065
= 114 (詳述しませんが2次微小量は無視)
したがって、TM-1で挟み込むと、それだけで980Nだったテンションが、980+114=1094Nになっていることになります。これは困ったゾ~。
いえいえ、計測するときにテンションが上昇することで何か不都合があるかといえば、別に何もありません。押し込んで上昇した分も含めて、1094Nになったところでつり合い、指針が止まりますが、その時の目盛値を980Nのテンションに対応させればよいだけの話となります。付属されている『指針値-テンション対照表』は、そうやって作られて(いるに決まって)います。
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唐突ですが、次に451リムの20インチホイールのスポークを計測する場合を考えます。
スポーク長さは700Cの場合のおよそ70%になります。短くなりますからスポークのばね定数も上昇し、1755N/mmではなく、1755 / 0.7 = 2507N/mm 程度になります。980Nで張った20インチ用スポークを、同じく980Nで張った700Cスポークと同じ位置までC点が押し込むとすると、テンション上昇は
⊿F = k(S - R)×2
= 2507×0.065
= 163
となります。これは700Cの場合の114Nよりも大きいので、TM-1のC点を駆動するばねは結局、700Cスポークの場合と同じところまでC点を押し込むことが出来ません。というわけで、指針は980N相当の位置よりも高テンション側にシフトすることになります。700Cスポークの場合は、0.065mmの押し込みによる増大分を含めて、
1094N
までテンションが増大しますが、20インチスポークの場合も同じように0.065mmだけ押し込むことが出来たとすると、押し込みによる増大分も含めて、
1094N
のスポークテンションになっているはずです。しかし、この値は700Cの場合の押し込み増大分114Nではなく163Nを含んでいるので、
1094 – 163 = 931N
これが20インチホイールのスポークの実際のテンションということになります。TM-1で計測して980Nだと思ったら、実は931Nだった、ということになります。指示値の誤差は、
980/931 = 1.05
ということで+5%と推測されます。
20インチスポークでは少し高めのテンションとして計測されてしまうということですが、誤差はせいぜい、5%程度です。
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TM-1は丸スポーク、エアロスポークなど色々な種類のスポークに対応する『指示値-テンション対照表』の対照数値表を付属して利用できるようにしています。取説を見渡しても、どこにも明記されていませんが、暗黙の了解として、スポークは700Cに対応するという前提があるようにも感じられなくはありません。
しかし1.8mmスポークの場合の誤差はせいぜい5%程度ですから、実際には、20インチホイールのスポークを計測しても、意味のある値を得ることが出来るということです。まして700Cスポークであれば、色々な長さがあるとしても、それによる計測誤差は、無視しても誰も困らないような値にしかならないでしょう。
スポークテンションを10N単位で厳密に管理する必要など私は全く感じません。1000Nと950Nは、私にとっては同じようなもので、どちらでもいいや、と思ってしまいます。大体、手組ホイールのスポークテンションなど、よほど入念にエージングを施さない限り、新品組み上がりから数100kmも乗ればかなり低下するものです。古今の鳩目付きチューブラ・リムなどは特にそうでしょう。マイスター殿村氏が組もうが、素人の私が組もうが、同じことです。
本来、手組リムは着々とテンションが低下するので、ニップルの増締めを適切に実施することが前提となります。この低下度合いを考えると、数%のテンション指示誤差など、どうということもありません。そういう意味でTM-1の計測原理と精度は、妥当なものです。
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ところで、C点でスポークを押し込むのは、回転中心P軸上に仕込まれた渦巻きばねですが、これが発生するトルクが、実は、ばね支持機構の摩擦の影響を大きく受けます。C点がスポークを押し出す方向、つまり、ばねが巻き戻されて弱くなる方向に動かす時と、C点が戻る方向、つまりばねが撒きあがって強くなる方向に動かすときで比較したときに、同じ目盛の場所のところでは、同じ力がC点に伝わってほしいと思いたいところですが、実際にはかなり違います。ばねが強くなる方向の時の方が大きくなります。これはP点の軸受周りの摩擦力の存在に起因しています。
この摩擦力の経年変化は、計測結果に影響を与えます。計測したところ、TM-1の指示目盛数値に対するC点での荷重(スポークテンションではない)はFig.6のようになりました。
ばねが巻きあがる往路が黄色、巻き戻されて弱くなる復路が水色です。この差分が摩擦による影響です。極めて重要な特性図です。往路と復路での値の差分をそれらの平均値で除した値は、25%程度でした。この値が1%ずれると、スポークテンション誤差はどの程度になるでしょうか? 少し考えればその影響の大きさがわかりますが、ここでは触れません。
いずれにしてもTM-1の精度の要諦は、このばねに係る摩擦です。
ばね定数は製造時に良品を選抜すれば、そしてばねセット荷重は出荷検査時に、調整ネジで調整すればとりあえずOKですが、摩擦の管理はユーザーに委ねられます。
Fig.6の荷重履歴(ヒステリシス)特性を安定に維持しないと、精度悪化にダイレクトに効きます。軸周りのしゅう動部やばね支持部のフリクションなど、経年変化しそうな要素が少なからずありますので、この辺りが少し気になるところではあります。雨ざらしは全くの論外ですが、かといって、高性能な潤滑油を注して超スムーズな状態にすることもお薦めできません。注油によるフリクション低減は、スポークテンションを低めに表示してしまうことに直結します。
しかし、いずれにしても値段や使い勝手を考えると、TM-1は大変便利であり、現実的で実用的で、本当によく出来ているなあ、と感心してしまいます。
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今を遡ること半世紀、(財)自転車産業振興協会 技術研究所が発行していた『技研ニュース』の第4号(1960年12月31日発行)に、全く同様の原理でスポークテンションを測定する同研究所製の測定器が紹介されています。
【(財)自転車産業振興協会 技術研究所『技研ニュース』第4号(1960年12月31日発行)
から引用・・・同研究所・開発事業部に引用許可をいただいています】
TM-1と同じように3つの点でスポークに荷重を加え、真ん中の点の移動量をダイヤルゲージで計測し、
『換算ダイヤグラム』
から
『張リ強サ』
を求めています。TM-1(というよりもHOZANやDT-SWISS製品)の先輩という感じでしょうか。この文献によると、
『輸入外車は75kgくらいであるに対し、国産車はやや高く、一般に90kg前後を示すようである。』
そして、
『近くご希望のかたに実費(1個5,000円)頒布する計画である。』
と記されています。戦後数年で結成された同研究所は、日本の自転車技術の発展に寄与すべく、早い時期から精力的に取り組んでいたことがわかります。
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Park Tool TM-1。
改めてよ~く見ると、廉価でよく出来た、なかなか味わい深い工具でした。自分でホイールを組むユーザーや、店頭でホイールを組むショップの心強い味方です。
ここまで拙レビューにお付き合いいただきありがとうございました。(長スギ!)
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★