購入価格 ¥リム一本分など
ホイールの慣性モーメント測定に関してはすでにレビューがあります。
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=10546&forum=48&post_id=18183#forumpost18183本レビューでは、コレとは違う、もう少し素性のよさそうなやり方を試してみます。(長文御容赦)
++++ ++++ ++++ 測定方法 ++++ ++++ ++++
次のように、等間隔かつ垂直におろした3本もしくは4本の糸でホイールを水平にぶら下げます。
実験のようす
糸は3本以上なら何本でもよいのですが、4本がやりやすいでしょう。
静止した状態のホイールを、ハブ軸を中心にして少しばかり捩じると、ホイールはほんの少しだけ元の位置から上にずり上がります。この状態から静かに手を離すと、ホイールはユラ~んユラ~んと往復回転運動と往復上下運動を始めます。
こんな風です。(ヘボすぎ動画で申し訳ない)
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=10559&forum=126&post_id=18209#forumpost18209++++ ++++ ++++ 準備するもの ++++ ++++ ++++
ホイール : 前ホイール(後ホイールでもよいですが)
ホイールをぶら下げる糸を固定するところ : 天井とか
秤 : ホイールの質量を計測します
糸 : 普通の手縫いの細い糸ではなく、ちょっと太めの方がやりやすい(釣糸もイイですね)
ストップウォッチ : 時間を計ります
巻尺 : 糸の長さを測ります
++++ ++++ ++++ 実験手順 ++++ ++++ ++++
①ホイールの質量Mを秤で計測します
②ホイールを4本の糸で水平にぶら下げます → 糸同士が平行になるように気を付けます
③糸の長さLを巻尺で測ります
④ハブ軸から糸の固定点までの距離R(ホイール半径ではありません)を測ります
⑤ホイールをわずかに回してから静かに放し、ユラユラと振動させます
⑥数10回から100回程度の振動に要する時間をストップウォッチで計測します
⑦振動回数と計測時間から、一回の振動に要する時間Tを計算します
以上で、
M : ホイールの質量[kg]
L : 糸の長さ[m]
R : ハブ軸から糸の固定点までの距離[s]
T : 一回の振動に要する時間[s]
がわかりました。
これに加えて
g : 重力加速度 ( 9.807 [m/s^2] )
も使います。
++++ ++++ ++++ 慣性モーメントを計算する ++++ ++++ ++++
慣性モーメントJは次の式(1)を使って算出します。
いきなりこんなものを出されても半端なく天下りですが、とにかくこの式に数値を代入します。この式の出自を知りたいという方や、夏休みの自由研究でこのネタを使いたいという探究心旺盛な中高生の方は後ほど。。。
++++ ++++ ++++ 実験結果 ++++ ++++ ++++
私が行った実験(先ほどのYouTube映像)の結果を以下に示します。なお、今回用いたホイールは前輪で、リムがAMBROSIO NEMESIS 32H、スポークがDT-SWISS Champion 1.8、真鍮ニップル、ハブがSHIMANO HB-6700、タイヤがVittoria CORSA CX ELITE、リムセメントがSOYO、ハブ毛が・・・です。
各数値は以下の通りです。
++++
質量M = 1.130 [kg]
糸の長さh = 1.209 [m]
ハブ軸から糸固定点までの距離 R = 0.3025 [m]
重力加速度g = 9.807 [m/s^2] → これは常にこの値を使います
50回の振動時間[s] を3回計測 : 99.220 [s], 99.176 [s], 99.193 [s]
→ 3つの平均をとり50で割って、T = 1.9839 [s]
++++
以上の数値を式(1)に代入して、慣性モーメントJとして0.0836[kgm^2]を得ました。
これで終了です。
++++ ++++ ++++ 過去レビューとの比較 ++++ ++++ ++++
最初に参照した過去レビューでは、最終値として、
J = 0.0829
を得ていますが、今回の値 0.0836 は上記の数値に対して大変良い一致を示しています。なんと0.8%の違いしかありません。ナンチャッテ実験の結果としてはちょっとデキ過ぎです。いずれにしても今回の方式と、過去レビューの方式の、いずれを採用しても大丈夫でしょう。
とはいえ、過去レビューの方式では軸フリクションの値を導出する必要があり、一定の精度を得るために手間がかかりました。しかし今回の方式では、軸フリクションのような不確定要因が存在せず、実験系を正確に構築し、糸の長さやホイールの質量を正確に計測すれば、精度はかなり良いと考えられます。
++++ ++++
私は、本レビューの方式を推奨します。
(その結果を何に使うんだか?)
価格評価→★★★★☆
評 価→★★★★★
以下ご参考(というか本番…)
++++ ++++ ++++ ホイールのぶら下げ方 ++++ ++++ ++++
ホイールを平行な糸で水平に吊り下げるのですが、これがなかなか難しい。というわけで、ホイールに使っているチューブラリムのAMBROSIO NEMESISと同じ寸法仕様を持つ、AMBROSIO CHRONOの未使用在庫があったので、コレでつり下げることにしました。う~む、これは便利、楽チン。CHRONOの鳩目穴の内側から糸を垂らし、同じくチューブラホイールのNEMESISの内径側の鳩目穴のところにニップルを使って糸をピンポイントで縛り付け、ぶら下げてみました。4本の糸で垂直にぶら下げるためにはRをきちんと決めなければならないのですが、同じ銘柄または同じ寸法仕様のリムの内径を利用するのは便利な方法です。
次に、下の画像のように天井にCHRONOを固定しますか、これには突っ張り棒を使いました。突っ張り棒で天井にへばりついている小さい環がCHRONOです。
一体何やってるんだか
++++ ++++ ++++ 式(1)の導出 ++++ ++++ ++++
式(1)を導出します。
ある糸の側に立ち、ホイールを真横から眺めます。すると、次の図のような感じでユラユラと左右に往復運動しながら、ごくわずかですが上下にも往復運動するホイールの様子を眺めることになります。 ホイールを吊り下げた糸が垂直線からなす小さい角度がφの時、ホイール全体の位置が図のようにごくわずか x だけ上方に位置する瞬間を考えてみます。
この場合、ホイール質量M の位置は高さ x であり、質量M の位置エネルギー Ep は下に示すように式(a)となります。次に x の変化率すなわち垂直方向の速度は x の時間微分で表され dx/dt と書きますので、質量M の運動エネルギー Ekm は式(b)、また、ホイールの回転角速度を ω とすると、回転の運動エネルギーEkjは、式(c)のように書くことができます。わずかな捩れであり、最大角速度も小さいので、ここで空力抵抗を零と仮定すれば、位置エネルギーと運動エネルギーの和は式(d)のように常に一定となります。したがって式(e)を得ます。
次に、小さい角度 φ は垂直におろした吊り糸の長さ L が形成する角度ですが、一方で、ホイールと糸の結節点とホイール中心を結んだ半径 R の直線が形成する角度を θ とすると、これらの関係は、式(f)となります。またx と φ の関係は式(g)のようになります。一方、ω はハブ軸周りのホイールの回転角速度であり、これは角度θの時間微分、つまり式(h)です。したがって、ω とφの関係は、式(i)となります。また、式(g)を微分して式(j)を得ますが、ここでは φ が微小角度の場合の近似 sinφ = φ を用いています。 先ほどの式(e)に式(g)(i)(j)を適用して、式(k)を得ます。
エネルギーの式(k)を時間で微分すると次のように、仕事(パワー)のつり合いの式(L)を得ますが、角度 φ が小さいので、sinφ = φ の近似を適用して整理すると式(m)となります。ここで、角度 φ が小さいので、2次の微小項を式(n)のように零とおきます。以上から式(m)の近似式として式(o)を得ます。
実はこの式(o)、微小角度で動作する普通の振り子の式と同じ形に・・・なっているんです!! (川平慈英風で)
(どうせそうなると思っていましたが、一安心)
したがって(ってココはメンドーなので説明省略)、今回考えている中吊りホイール実験の振り子振動の周期 T として式(p)を得ます。式(p)から、ホイールの慣性モーメントJを式(q)のように得ることが出来ました。これが最初に示した式(1)です。(ヤター!)
周期Tは、実際に実験して、50回とか100回のユラユラをボーと眺めながら数えて計った時間を、ユラユラ回数で割れば知ることが出来ます。あとはRとLとMを真面目に実測し、重力加速度g=9.807を式(q)に適用すれば、慣性モーメントJがわかる、という算段です。
なお、1本の糸とおもりで構成される普通の振り子も同じですが、角度 φ が大きいと、振動周期の式(p) は厳密解 ( つまり式(L)をそのまま使って得られた解 ) からだんだん離れていくので、実験する場合は、φをあまり大きくしないのがコツではあります。 とは言え、普通の振り子の場合は、糸の角度を20度からスタートしたとしても、厳密解と近似解の差は1%にもなりません。こちらのホイール実験でも似たようなものですので、あまり気にする必要はありません。
( 夏休みの自由研究にピッタリだと思った自転車好きな中高生の男子女子のみなさん、ご質問はCBN Bike Forumsへ!! )
++++ ++++ ++++ 加減速時に現れる等価的な質量 ++++ ++++ ++++
で、ホイールの慣性モーメントって、だから何??
自転車の質量mが例えば8[kg]というのは、秤で測った値です。ところが、慣性モーメントJが存在すると、平坦路の加減速時に乗り手が感じる自転車の重さというのはmではなく、次の式のように感じられる、ということです。ホイールが前後で2つあるので式中で2Jとなっています。またRwはホイール半径です。(既出のRではありません)
本レビューで計測したJとホイール半径Rwを適用すると、
m → m + 1.499
というわけで、加減速時には元々の車重に加えて1.5[kg]近い質量が見掛け上(見掛け上です)現れます。秤で測った車重が7[kg]であれば、平坦路の加減速時に乗り手が感じる重さは8.5[kg]ということになります。もし仮に、慣性モーメントが零であれば、加減速時も無論、7[kg]の重さしか感じません。
++++ ++++ ++++ タイヤ軽量化のインパクトは如何ほど?? ++++ ++++ ++++
本レビューで実測したホイールのタイヤを前後それぞれ100グラムずつ軽量化すると、ホイール慣性モーメントは前後合わせて、
2J = 0.1672 [kgm^2] → 0.1462 [kgm^2]
の変化を示します(タイヤ質量分布を考慮し、タイヤ半径を0.324[m]として概算)。マスド・ロードではこの差による効果はほとんど感じないでしょうが、スタート直後からの加速が肝心なトラック競技の1000mT.T.やチームスプリントなどでは、ホイールの慣性モーメントの低減効果はちょっと気になるところではないでしょうか。
簡単な計算で確認してみます(計算方法は省略)。
次の図は、脚自慢のホビーレーサーが、バンク練習会で1000mT.T.を走る機会を得て、いつも乗っているノーマルロードで全力疾走したら、な、何と1分15秒程度で走り切ってしまった! という走行を想定しています。
乗り手のウエア込みの体重が64[kg]、自転車重量が8.0[kg]、ホイールの慣性モーメントが前後それぞれ0.0836[kgm^2]の場合を仮定し、さらに人間のクランク軸トルク-回転数特性と、この特性が時間とともに劣化する率を適当に設定して計算しています。ギヤ比は3.857 (54×14)、人間の最大出力は18.6[s]において713.6[W]、このうち慣性質量の加速仕事の最大値をグラフ下段の赤線で示します。8.35[s]において470.0[W]となりました。走行タイムは74.57[s]です。
では、タイヤの重量を前後でそれぞれ100グラムずつ軽量化したらどうなるか? 以下に、軽量化前と軽量化後の変化を示します。なお、上のグラフですが、軽量化前後であまりにも区別がつかないため軽量化後の結果は省略します。
というわけで、タイムが0.07[s]だけ短縮されました。そもそも人間が重いので、タイヤが前後で200グラム軽くなってもこの程度のインパクトとなります。これを大きいと見るか、小さいと考えるか !??
なお、慣性モーメントを等価質量⊿Mとして扱った場合、如何ほどになるかといえば、
慣性モーメントの等価質量 ⊿M = 1.499 [kg] → 1.311 [kg]
というわけで、前後タイヤ各々100グラム、合計200グラムの軽量化を加速時の慣性モーメントの等価質量で評価すると、188グラムの低減となります。もともとタイヤが200グラムだけ軽くなっていますので、加速時に感じる軽量化の効果は、200+188ということで、車体質量換算で388グラムということになります。加速時に感じる軽量化の効果として、タイヤを前後100グラムずつ軽量化するのと同じ効果を得るためには、例えばボトルの水を388グラムだけ捨てればよい、などということになります。
というわけで、加速時におけるタイヤの軽量化の効果は、ホイール以外の部分の軽量化の1.94倍程度の効果、ということになります。同じようにクラシックタイプのチューブラリムを考えると、1.86倍程度の効果となります。ディープリムではもう少し小さい値となります。
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何を言っているのかわけわかんないので一言でまとめると、
『タイヤやその近傍の軽量化は、フレームなどホイール以外の部分の軽量化に対して2倍近い効果がある(ただし加速時のみ)』
です。
うーむ、終盤でドタバタしてしまいました。(!)